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    【継承編】異能の師、遺志宿す次官

    継承編(1)

    社会保障 将来像に危機感

     組織を率いてきた先輩の意志をどう受け継ぎ、課題に向き合っていくか。トップに立つ者は、力量が厳しく問われる。かつて異能を発揮した一人の元財務次官と、その「遺志」を継ぐ新しいリーダーに照準を合わせ、財務省の再生の行方を展望する。(敬称略)

     ちょうど3年前の8月9日。香川俊介・元財務次官(1979年入省)が世を去った。がんと闘い、車椅子で勤務していた1か月前。定例の人事異動で約36年の役人生活を終え、そのまま入院。帰らぬ人となった。財務省職員の多くが「殉職」と捉えた。

     神出鬼没。与党の重鎮、野党議員、企業のトップと、相手が誰であっても小まめに姿をみせ、人懐っこい笑みをたたえながら財政再建の必要性を説く。香川の豪胆ぶりを物語るエピソードは枚挙にいとまがない。

     「膨大な資料を自宅に持ち帰り、翌朝には頭にたたき込んでいた。その姿が目に浮かぶ」。7月27日、次官に就いた岡本薫明(しげあき)(83年)は、香川の面影を追う。

     4年先輩の香川とは古くから師弟関係だった。2005年、主計局の勝栄二郎次長(75年)―香川総務課長―岡本調査課長のライン。自民党の与謝野馨政調会長らが提言をまとめた際、消費税収の全額を社会保障費に充てる「消費税の社会保障目的税化」を党として初めて打ち出すシナリオを仕掛けた。

     財務官僚による政治への根回しは、師弟関係が如実に表れる。上司は「これぞ」と思う部下に重鎮議員の説得を任せることが多いが、「議員の部屋に、勝は香川を置いて帰り、香川は岡本を置いて帰った」。鉄壁のラインは語り草だ。

     香川の衣鉢を継いだ岡本は何を目指すのか。「社会保障改革の工程表こそが勝負になる」。岡本はそう見定める。22年度には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり始め、医療費などが急増する。それまでに社会保障改革の将来像を描かねば――。岡本は強い危機感を抱く。

     試金石となるのは、各省庁による8月末の概算要求から本格化する、19年度予算編成だ。

     政府は16~18年度、高齢化に伴って自然に増える社会保障費を年5000億円程度にとどめる目標を掲げ、達成した。だが、19年度以降の数値目標はない。厚生労働省との攻防の末、6月に閣議決定された「骨太の方針」で数値目標の明記が見送られたからだ。不祥事を抱えた財務省の影響力が低下した証左だと、霞が関では受け止められた。

     財務省にとっては、5000億円という「錦の御旗」を掲げられた過去3年とは趣が異なる予算編成となる。今後は毎年末に社会保障費の伸びをどこまで抑えるか、関係省庁や議員との対決色が濃くなるのは間違いない。

     劣勢を強いられた今年の「骨太の方針」には、財務省が抵抗を試みた「爪痕」が残る。脚注の小さな字体。「高齢化による増加分は……当該年度における高齢者数の伸びの見込みを踏まえた増加分を反映することとする。これにより、これまで3年間と同様の歳出改革努力を継続する」

     20、21年度は終戦前後に生まれた世代が75歳以上になる。この世代は前後の世代に比べて人口が少なく、一時的に高齢者の増加ペースは鈍る。脚注に沿えば、「年5000億円よりも厳しい抑制が可能だ」(幹部)。欄外に忍ばせた小さな文字列に、財務省の強い意志が宿る。

     「希望ある社会を次世代に。~消費税は社会保障に使われています~」

     横書きで刷られた岡本の名刺。その右上に記した標語は、香川はもちろん、歴代次官が背負ってきた重たい課題に対する決意の表れだ。19年10月の消費税率10%。その実現に向けて奔走することが、政策面で岡本の最大の仕事になる。

    Q なぜ根回し A 世論反発の歴史

     Q なぜ消費税の増税が必要なのか。

     A 歳出が税収を大きく上回る財政状況の改善は、長年の課題だ。消費税は幅広い世代が負担し、税収が景気や人口構成の変化に左右されにくいため、膨張する社会保障費の財源に適しているとされる。

     Q 財務省が政治への根回しを重視する理由は。

     A 世論の反発を買った歴史がある。大平首相による1979年の一般消費税構想と、中曽根内閣が87年に国会に提出した売上税法案は、ともに頓挫した。

     今の消費税は竹下内閣の89年4月、税率3%で導入され、橋本内閣の97年4月に5%へ引き上げられた。景気が冷えていたこともあり、翌年の参院選で自民党は大敗。橋本内閣は退陣に追い込まれた。

     香川俊介・元財務次官の最大の功績は、税率を段階的に10%まで引き上げて社会保障に充てる「社会保障・税一体改革」を進めたことだ。民主党政権下の2012年、官房長として与野党にその必要性を説いて回った。当時の野田佳彦首相は「法案成立後、気づいたら香川は入院していた。命を削り、死力を尽くしてくれた」と振り返る。

     安倍内閣は14年4月、一体改革に沿って税率を8%に引き上げた。その後は予定されていた10%への増税を2度、先送りしている。

    2018年08月21日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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