文字サイズ

    【外交編】「タメシカ」伝家の宝刀磨く

    インサイド財務省 外交編(1)はこちら

    インサイド財務省 外交編(2)はこちら

    外交編(3)

    円高阻止、「介入」の攻防

    • 財務省4階の「タメシカ」。暗証番号と手のひら静脈認証を経ないと入室できない
      財務省4階の「タメシカ」。暗証番号と手のひら静脈認証を経ないと入室できない

     暗証番号と手のひら静脈認証の端末が備わる扉。大臣室より厳重なセキュリティーが施された一室が、財務省4階の国際局にある。

     為替市場課。通称・為市課(タメシカ)だ。

     ピー、ガシャッ。9月のある朝7時過ぎ、登庁した吉田昭彦課長(1992年入省)が慣れた手つきで解錠すると、まだ人けがなく薄暗い廊下に乾いた電子音が響いた。

     マネーの暴走に挑む為替介入に財務省が踏み切るとき、この部屋は「戦闘指揮所」と化す。その予兆が万が一でも外に漏れれば、介入は失敗に終わりかねない。立ち入りを厳しく制限しているのは、為市課が扱う情報はもちろん、課の動きそのものが極めて機密性の高い情報だからだ。

     吉田の朝は、東京外国為替市場の取引が活発化する前に、前夜の欧米市場をくまなくチェックすることから始まる。机上には、為替や債券の値動きを示す複数の情報端末が据えられている。さながら銀行のディーリングルームだ。

     いざ介入となれば、円やドルなどを売り買いする実務部隊の日本銀行と情報交換に明け暮れる。年に1回は、日銀とともに想定訓練を行う。この6年9か月、「伝家の宝刀」である介入は封印されているが、緊張は解けない。

     市場は時に、予測不可能な動きを示す。

     東日本大震災が発生した2011年3月。投資家は未曽有の危機に見舞われた日本経済を不安視し、円を売り浴びせ、円安が急速に進む――。そんな想定は裏切られた。

     「日本の生保や損保が保険金支払いに備えるため、海外資産を売って円に換金している」。事実とは異なる臆測が瞬く間に広がり、海外を中心に投機筋は相場が円高に向かうと踏み、円買いに突き進んだのだ。

     レッドライン。日本の通貨当局にとって当時、越えてはならない一線だった1ドル=80円近辺を大きく突き抜けたのは3月17日早朝。わずか20~30分で円相場はドルに対して3円も急騰、1ドル=76円25銭の戦後最高値をつけた。オセアニア市場しか本格稼働していない取引の薄い時間帯を狙った投機筋による「仕掛け」。徹夜で相場を監視していた為市課長の大矢俊雄(86年。現国際局審議官)は確信した。

     理不尽な円高を許せば輸出に逆風となり、震災で傷んだ日本経済の再生は遅れる。財務省は介入を決断した。それも日本単独より、先進7か国(G7)の協調介入の方が効果は大きい。玉木林太郎財務官(76年)は、G7各国の通貨当局者、いわゆる「通貨マフィア」に次々と電話をかけ、協調介入の必要性を説いた。

     「今からやります」。大矢が卓上のホットラインの受話器を取り、日銀に介入を指示したのは翌18日朝。まもなく円相場は1ドル=80円台を回復した。

     輸出企業への依存が強い日本は、急激な円高に見舞われると「介入待望論」が湧く。だが、現実は簡単ではない。単独介入しても、「翌日に米大統領や財務長官が『けしからん』と言ったら、円相場は戻ってしまう」。国際局幹部は慎重さを崩さない。

     世界の為替市場で飛び交う投資マネーは1日に500兆円を超す。介入は、小舟が大河の奔流にあらがうようなものだ。その意義は、むしろ通貨当局の「意志」を示すところにある。

     為替政策について米国が日本に注ぐ視線は、以前に増して冷ややかだ。貿易赤字の削減に向け、トランプ大統領は中国の次に日本を標的にする気配を漂わせ始めた。就任当初に繰り返した円安批判を再開し、「円急騰」という悪夢のシナリオが動き出すのか。

     意志すら示しづらい今。日本の通貨マフィアの行く手は険しい。(敬称略、おわり)

    Q 為替介入とは A 相場の急変に対応

     Q 為替介入とは。

     A 各国・地域の通貨当局が、急激な為替相場の変動を食い止めるために取る手段だ。日本では財務省が日本銀行に指示し、円売り・ドル買いや円買い・ドル売りなどを行う。

     

     Q 具体的には。

     A 財務相が省内や日銀などから集まった情報をもとに最終判断する。介入に踏み切る前には、財務相や財務官らが「口先介入」を行い、市場をけん制することが多い。「注意深く見守る」などの一般的な言い方で相場が落ち着かないと、徐々にトーンを強めていく。「必要に応じて断固たる措置を取る」など切迫したコメントが発信されると、市場は「実弾投入」が近いと身構える。

     介入直前に日銀が主要金融機関に対し、秘密裏に為替の取引状況を照会する「レートチェック」を行う場合がある。「○○銀行にレートチェックが入った」など、真偽不明のうわさが市場関係者の間で飛び交うこともある。

    2018年09月21日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    おすすめ
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP
    大手町モールのおすすめ