大熊町避難解除 長期的視野で復興を進めたい

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 古里に戻る住民の支援を充実させながら、新しい町のあり方を探っていくことが大切だ。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故により、全町避難が続いていた福島県大熊町の一部で、避難指示が解除された。原発立地自治体としては初めてである。

 解除地域は内陸部で、面積は町の4割を占めるが、住民登録をしているのは町人口の4%にあたる400人弱にすぎない。昨春から帰還に備えて長期宿泊をしていた約20世帯が第1陣となる。

 渡辺利綱町長は「ようやく復興のスタート地点に立てた」と述べた。地域内には町役場の新庁舎が建てられ、6月には災害公営住宅50戸への入居も始まる。町再生に向けた確かな一歩と言えよう。

 ただ、医療機関やスーパーといった生活を支える基盤は整っていない。このため、町は巡回バスを運行し、隣接する富岡町の病院や商業施設を利用しやすくする。

 帰還した住民が不自由を感じないよう、近隣の市町村と協力して支援する必要がある。

 大熊町の町民は現在、約7900人が福島県内の他の自治体で、約2500人が東京、茨城など県外で避難生活を送っている。

 町民の帰還を促すために、町が小中学校の再開や雇用の創出を目指すことは理解できる。

 だが、1月の町民の意向調査では、町に「戻りたい」と答えた人は約1割、「判断がつかない」が3割だった。「戻らないと決めている」人は5割を超えた。

 避難先で仕事を見つけたり、子供が学校になじんだりして、帰還にためらいがあるのだろう。多くの避難住民が戻らないことを前提に、町の長期的な復興を進めていかなければならない。

 避難住民とのつながりを保つことは欠かせない。お祭りや地区のイベントに参加してもらう。町の広報誌を避難先に郵送する。こうした工夫を重ねてほしい。

 東電社員や廃炉作業員など、新たに町で暮らす人たちも含めた地域作りが求められる。

 除染を着実に進めることも重要である。町のかつての中心部は放射線量が高く、帰還困難区域に指定されている。町は2022年春までに中心部へ住民が戻れるようにする計画だ。国は除染作業にしっかり取り組んでもらいたい。

 町には、除染で生じた土を運び入れる中間貯蔵施設がある。運搬するトラックの運行管理や除染土の適切な保管を徹底し、住民の不安を解消することが肝要だ。

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535609 0 社説 2019/04/13 05:00:00 2019/04/13 05:00:00

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