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◆象徴の在り方の継承と模索と◆
木々が芽吹き、新緑がまぶしい季節の訪れとともに、令和の時代が動き出した。新天皇陛下が即位されたことを、心からお祝い申し上げる。
皇居・宮殿「松の間」で、「
朝見の儀で、陛下は「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、象徴としての責務を果たす」と述べられた。初のお言葉には、国民と苦楽を共にする決意が込められている。
今回の退位に伴う皇位継承の一連の儀式が、憲法との整合性を取りつつ、滞りなく執り行われたことを歓迎したい。
◆国民とのふれ合い重視
陛下は、日本が高度成長期にあった1960年のお生まれだ。それまでの皇室の慣例と異なり、ご両親の手元で育てられた。
初めてご両親の公務に同行されたのは、64年の東京オリンピックの時だったという。国民に寄り添いながら、公務に
皇太子時代の2017年、「両陛下のように、人々と共に喜び、共に悲しむことを続けていきたい」と記者会見で述べられた。平成の天皇が築かれてきた象徴像を引き継ぐ思いがうかがえる。
戦時下で幼少期を過ごされた平成の天皇は、平和を願うお気持ちを各地への慰霊の旅という行動で示された。陛下も子供の頃から、ご両親と共に、沖縄戦終結の日や広島、長崎原爆投下の日、終戦記念日に
戦後生まれの陛下も、惨禍の歴史と平和の尊さを、次代に伝える役割を担われることになる。
昨夏には赤坂御用地で、視覚障害者マラソンの女子選手の伴走を務められた。陛下の気さくな人柄を物語る。国民との直接的なふれ合いを大事にされる姿に、親しみを感じる人は多いに違いない。
◆知見の活用期待される
陛下は長年にわたり、治水や水運など「水」問題の研究に取り組まれ、防災への関心も高い。平成の時代、日本は豪雨や台風など度重なる自然災害に見舞われた。培われた知見が、様々な場面で生かされることを期待したい。
歴代天皇で初めて海外留学も経験された。23歳の時から2年間、英国オックスフォード大で
「僕が一生、全力でお守りいたします」。そんな陛下のお言葉を受けて、皇后さまは皇室入りされた。03年から療養が続くが、ここ数年、活動の幅を広げられ、東日本大震災の発生後、陛下の被災地入りに全て同行された。
ただ、医師団は「依然として快復途上で、ご体調には波がある。過剰な期待は逆効果」との見解を示す。今後も体調に気を配りながら、着実に公務を重ねていかれることが望まれる。国民は温かく見守り続ける必要がある。
皇位継承順位第1位には、秋篠宮さまが就かれた。皇嗣となり事実上、皇太子としての役目を果たされる。多くの公務をこなされてきたが、今後は一段と責任が重くなる。
弟が皇太子待遇と位置づけられるのは、「父が天皇、長男が皇太子」という形が続いた明治以降初めてだ。令和の皇室は、59歳の陛下と53歳の秋篠宮さまが中心を担われる。
◆天皇・皇嗣への支えを
陛下は今年2月、「時代時代で新しい風が吹くように、皇室の在り方も変わってくる」と発言された。今後も新たな皇室像の模索が続くことになろう。
宮内庁は、陛下、秋篠宮さまと十分に意思疎通を図り、必要なサポートをしなければならない。
代替わりにより、皇位継承権を持つ男性皇族は3人に減り、戦後最少になった。陛下の叔父の常陸宮さまは83歳、秋篠宮家の長男悠仁さまは12歳である。
今後、結婚により、女性皇族の皇籍離脱が予想され、公務の担い手が減るのは避けられない。
安定的な皇位継承と皇室の維持を実現する上で、女性宮家の創設などを検討していくべきだ。
平成の30年で、日本の家族の形は多様化し、人間関係の築き方も変化した。令和でも恐らく、この傾向は変わらないだろう。
「人と人とのつながりが、これまで以上に大切な時代になっている」。昨年6月、陛下は文書でそうつづられた。そのお言葉をかみしめながら、私たちも令和の時代を歩んでいきたい。



















