天安門外交文書 武力弾圧に「融和」姿勢の誤り
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経済的な協力を続ければ、中国が自由で開かれた国になるという見通しは結果的に誤りだった。政府は、対中外交の歴史を今後の教訓として生かす必要がある。
1989年6月の天安門事件から30年が過ぎ、外務省が当時の外交文書を公開した。
中国の共産党政権が民主化を求めた学生らを武力弾圧し、多数の死傷者が出たことに対し、日本政府が当初から融和的な姿勢で臨んでいた事実が明らかになった。
発生当日の文書では、事件を「容認出来ない」としつつも、「中国の国内問題」と位置づけた。
欧米は制裁を主張したが、経済協力を継続し、「穏健にして安定した中国」につなげる方が長期的には日本や世界の利益になると指摘する文書もあった。
当時の中国は、名目国内総生産(GDP)が日本の6分の1弱しかなく、2国間援助の約4分の3を日本が占めていた。日中戦争という歴史的な経緯を意識して、経済協力を全て停止するのは現実的ではないと判断したのだろう。
だが、日本が厳しい態度を取らなかったことで、中国は、武力弾圧が事実上容認されたと受け取ったのではないか。
実際、外交文書によると、当時の最高実力者・トウ小平は事件後、「人権が重いか、国権が重いかと言えば、国権は独立、主権、尊厳に関わるもので全てを圧倒する」と語っていた。
共産党政権はその後、民主化や政治的な自由を求める動きに対する監視や情報統制を強め、改革・開放政策は変質していった。
日本は、中国に巨額の円借款を供与してきた。中国への援助とは別に、人権や民主主義など普遍的な価値観では譲れないという日本の立場を伝え、改善を促す努力がもっと必要だったと言えよう。
中国は、経済的に日本を
国民生活が豊かになれば、やがて国際社会と協調的な姿勢に変わるという日本政府の期待は外れたと言わざるを得ない。
米国も、経済的な関与が中国の民主化につながるという政策を取ってきた。だが、トランプ政権は「対中関与政策は失敗だった」と総括し、強硬姿勢に転じた。
日本は中国に対し、国際規範を順守するよう粘り強く働きかけていかねばならない。