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    映画

    「の・ようなもの のようなもの」 (松竹、アスミック・エースなど)

    森田監督への追慕と愛

     映画を見続けてきて良かった、と思う瞬間がある。例えば今、「スター・ウォーズ」「ロッキー」の両シリーズの新作が公開中だが、テーマ音楽を聴いただけで、子供の頃、第1作を見た時の感動がよみがえる。自分のために作られた映画のように思えるのだ。

     この作品の場合はもっと特別だった。2011年に急逝した森田芳光監督のデビュー作「の・ようなもの」(1981年)の続編である。「の・ようなもの」は大作でも大ヒット作でもない。秀作だが小品。35年もたって続編が作られるとは、思ってもみなかった。子供の頃は大好きだったが存在を忘れていたモノを、大人になって突然見つけたような懐かしさを感じた。

     舞台は東京・谷中。()(でん)(松山ケンイチ=写真右)は脱サラして落語家になったが、いまだに前座のまま。師匠(尾藤イサオ)の家に住み込みで修業中で、同居する師匠の娘(北川景子=同左)にひそかに心を寄せている。ある日、師匠から、かつて一門にいた()(とと)(伊藤克信)を捜し出すよう命じられる。一門会で、引退した志ん魚の落語が聴きたいと、後援会長(三田佳子)が無理を言い出したためだ。

     志ん魚は前作の主役。彼をはじめ、前作と同じ一門の面々が、ほぼ同じ役者として登場する。前作を見たのは京都の二番館(公開から時間がたった作品を割安料金で上映する劇場)で、高校生なりに新しさに驚いた。その時の感覚が、ありありとよみがえってきた。

     自分のことばかり書いているようで恐縮だが、観客の個人的な記憶を思い出させる作品なのだ。前作の出演者だけでなく、ピエール瀧、仲村トオル、鈴木京香、佐々木蔵之介、塚地武雅ら、森田監督の作品に出演していた役者たちが、次々と登場する。森田監督への追慕と愛に満ちているのである。

     監督は「の・ようなもの」で森田監督と出会い、16本の森田作品で助監督、監督補を務めた杉山泰一。愛にあふれていて当然だが、それだけではない。落語家の話を落語のように展開する物語が実にうまい。前作や森田監督を全く知らなくても、十分に楽しめる。情感が漂う谷中の風景もいい。

     だが、ラストは物語の整合性を犠牲にしてまで、森田監督への愛が描かれる。もはや映画を超えて、これは森田監督を愛する作り手と観客たちによる、森田監督の「映画葬」ではないか。同時に優れた落語映画であり、青春映画でもあると思う。1時間35分。新宿ピカデリーなど。(小梶勝男)

    2016年01月22日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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