挿絵が語る 二人の旅路~浅田次郎さん連載小説「流人道中記」

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ほぼ面相筆だけを使い、小さな絵に魂を吹き込んでいく
ほぼ面相筆だけを使い、小さな絵に魂を吹き込んでいく

 

 浅田次郎さんの朝刊連載小説「流人道中記」が好評です。連載開始から約5か月。流人、青山玄蕃(げんば)と押送人、石川乙次郎(おとじろう)の二人旅に「面白い」「毎朝の楽しみ」といった多くの声が届いています。一方、宇野信哉(しんや)さんの挿絵がモノクロで載ることがあり、「残念」という声も聞こえてきました。そこで今回、印象的だった挿絵をカラーで掲載し、併せてこれまでの物語を振り返ります。連載を未読の方も興味を持たれましたら、ぜひ続きを新聞紙面でお読みください。(文化部 村田雅幸)

挿絵・宇野信哉さん

(1)雨にぬれる和田倉御門外評定所
(1)雨にぬれる和田倉御門外評定所
(2)乙次郎、きぬに急な出張を告げる
(2)乙次郎、きぬに急な出張を告げる
(3)乙次郎、玄蕃の態度に顔をしかめる
(3)乙次郎、玄蕃の態度に顔をしかめる
(4)玄蕃を見送りにきた家族の心境やいかに
(4)玄蕃を見送りにきた家族の心境やいかに
(5)乙次郎、初めての鰻の味に感嘆する
(5)乙次郎、初めての鰻の味に感嘆する
(6)玄蕃が富士を望むのは、これが最後か
(6)玄蕃が富士を望むのは、これが最後か
(7)宿に着き、勝蔵は小女に足を洗ってもらう
(7)宿に着き、勝蔵は小女に足を洗ってもらう

 物語は万延元年(1860年)夏、細かな雨が降る夜ふけから始まります。和田倉御門外評定所=(1)=では三人の奉行が、姦通(かんつう)の罪を犯した旗本、青山玄蕃の処分で頭を悩ませていました。玄蕃が切腹を拒んだからでした。やがて出た結論は蝦夷(えぞ)・松前藩への「預(あずけ)」。押送人には、算(かぞ)えで十九歳の見習与力、石川乙次郎が選ばれ、乙次郎は幼い妻のきぬを残し=(2)=、相方となった年老いた同心、弥五郎とともに出立します。

 玄蕃=(3)=は口も態度も悪く、見送りに来た家族ら=(4)=を<未練がましいやつら>と呼ぶ、ろくでなしでした。初日にして弥五郎が逃げ出し、期せずしてなった二人旅に乙次郎は戸惑いますが、最初に投宿した杉戸宿(現・埼玉県杉戸町)では生まれて初めて鰻(うなぎ)=(5)=を食べる幸運に恵まれます。その時、胸に浮かんだのは、実家の父母にも食べさせたいとの思いでした。今の家は婿入り先で、もとは貧しい御先手組同心の家の生まれだったのです。明けて二日目、乙次郎は貧しさゆえに人生を誤った弟妹のことを思います。

 三日目に泊まった佐久山宿(現・栃木県大田原市)では、玄蕃のわがままで按摩(あんま)を呼び、これが結果として玄蕃の命を救うことになります。乙次郎は佐久山で玄蕃を斬るつもりでした。押送を命じた奉行から無言のうちに、道中で斬れと指示されたと考えていたからです。しかし、按摩で身も心もほぐされ、決意は薄らいでしまうのでした。

 <貧乏に食い潰されてしまったのだ>

 乙次郎は四日目も弟妹のことを考えていました。やがて峠越えとなり、富士山を遠くに望んだ際=(6)=、思わず弟の愚痴を玄蕃にこぼしてしまいます。

 その晩、二人は芦野宿(現・同県那須町)に宿を取りますが、そこには手配中の強盗、稲妻小僧こと勝蔵が先客としており=(7)=、勝蔵を追う賞金稼ぎの浪人、野老山(ところやま)権十郎も遅れて到着します。

 権十郎は勝蔵を捕らえられるのか。互いに少し心を許し始めたようにも見える乙次郎と玄蕃は、そこにどう絡むのか。そして、そもそも玄蕃とはどんな人間で、誰を相手に、なぜ罪を犯したのか。それらが明らかになるであろう今後の展開に、期待は高まるばかりです。

無名の人生 温かく丁寧に

(8)おはま
(8)おはま

 今作は、乙次郎と玄蕃が行く先々で出会う人々の物語でも読ませます。短いエピソードであっても、それぞれの人生が鮮やかに浮かび上がるのは、浅田さんの熟達の技ゆえでしょう。

 杉戸宿の旅籠(はたご)の女将(おかみ)、おはま=(8)=は亡夫を忘れられずにいました。玄蕃にその面影を見て、夫の好物だった鰻を食べてもらえば盆の供養になると夕食に出しますが、玄蕃は少し口にしただけで、残りは誰かが食べてくれ、と重を返します。食わず嫌いで鰻を口にしたことのなかったおはまは、自分が食べてこその供養だと思い直して箸を取り、そのうまさにしびれます。

 <どうして夫は無理強いをしてくれなかったのだろう>。夫の優しさと不在を改めて思い、涙をこぼすのでした。

 佐久山宿で出会った按摩、得悦の物語も心に残ります。算えの八つから教えを請うた師匠とは、独り立ちした十五の時から会っていません。得悦の縄張りを荒らさぬよう師匠

は佐久山を素通りしていたのです。道ですれ違ったことはあったかもしれません。しかし、目の見えぬ者同士では気づけない。そう思い至った得悦は、己の身の不自由を初めて不憫(ふびん)に思います。

(9)得悦
(9)得悦

 玄蕃に按摩の腕を褒められた得悦はふと、師匠はどうしているかと考えます。どこかの宿場でひっそり死んではいないか――。その想像があまりに哀(かな)しく、師匠は薬師如来の化身だったと思うことにしました。すると、自分の技が江戸の按摩よりも優れたものだと感じられたのです。宿を出た得悦には、見えぬ星が夜空にあふれているように思えたのでした=(9)=。

 芦野宿で同宿となった勝蔵、権十郎の人生にも語られるべき物語があり、その旅籠のおかみや飯盛女(めしもりおんな)たちからは、つらい過去と、やがて訪れるであろう切ない未来も見えてきます。彼らの人生を見守る浅田さんの筆致はとても優しい。あの時代を懸命に生きた人々を温かく包み込み、読者の心を揺さぶるのです。

名刺大の絵に魂込めて

宇野信哉さん
宇野信哉さん

 宇野さんが今回の連載用に手がける絵は、実寸で縦7センチ弱、横9・5センチととても小さなものです。顔を絵にぐいと近づけ、面相筆で細部まで描き込んでいきます。使う絵の具は、水彩の10色だけ。その混ぜ具合や繊細なタッチで作品に豊かな表情をつけていきます。すべてが細かな作業となるため、ほぼ名刺大の絵1枚を仕上げるのに、7時間前後もかかるそうです。

 では、なぜ大きなサイズで描かないのでしょうか。「実際に掲載される絵のイメージができないから」だそうですが、同時に「小さな絵には、幼い頃にプラモデルやジオラマを作った時に似た喜びがある」と言います。

(10)漏れる光も美しい、佐久山宿の旅籠
(10)漏れる光も美しい、佐久山宿の旅籠

 浅田さんとコンビを組むのは、今連載が3作目。「浅田さんは短い文章の中でも、登場人物のしぐさや情景などをしっかり書き込んでくれるのでありがたい。乙次郎の人となりはだんだん分かってきたけれど、玄蕃は謎のまま。これからどうなるのか、楽しみにしています」

毎朝「頭下がる思い」

浅田次郎さん
浅田次郎さん

 浅田さんは毎朝、届いた新聞を開き、改めて今作を読むそうです。自分の文章に対して宇野さんがどんな挿絵を描いてくれたのかを知るのは、その時です。

 「とても手がかかっている絵だと、いつも頭が下がる思いでいます。自分も作品には手をかけているつもりなので、挿絵は、同じだけのことをしてくれる人にお願いしたかった。宇野さんは、僕以上の時間をかけてくれているのでしょう。これだけの絵を見せられると、ストーリーが絵に引っ張られることがあります」

 これまでの絵で一番のお気に入りを尋ねると、「1枚は選べないなあ。ただ、家に飾っておきたいという絵なら、これ=(10)=。光と影を描くのは難しいはずなのに、実に美しい」。そして、こう言葉を継ぎました。「連載が完結したら、ぜひ展覧会を開いてほしい」

道中の「今」を地域版で

 連載に合わせて、読売新聞の埼玉県版と栃木県版では、小説に登場した場所の「今」を紹介する記事を掲載しました。

 埼玉県版では杉戸宿を取り上げました。一昨年に開宿400年を迎えた宿場の歴史や、町おこしを担う観光ボランティアの活動を紹介しながら、街道沿いに住む方々の今連載

への思いなどを記しました。

 栃木県版では佐久山宿に注目しました。かつては本陣、脇本陣と旅籠27軒があったという宿場も、現在は宿屋が一軒もなく、その歴史は埋もれかけているそうです。今連載

をきっかけに、改めて注目されることを期待する声などを集めました。

 同様の記事は今後も、乙次郎と玄蕃の北上に合わせて各地域版に掲載される予定です。押送の旅の行方とともにお楽しみください。。

無断転載禁止
50980 0 まとめ読み 2018/11/24 05:00:00 2018/11/24 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181121-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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