法科大学院はどこへ向かうのか(上)

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実際の法廷を模した教室で行われる模擬裁判の講義(東京・市ヶ谷の中央大学法科大学院で、同大学提供)
実際の法廷を模した教室で行われる模擬裁判の講義(東京・市ヶ谷の中央大学法科大学院で、同大学提供)

 裁判員制度などとともに司法制度改革の目玉として2004年に誕生した法科大学院(ロースクール)が岐路に立っている。当初、7~8割と想定された司法試験の合格率が単年度で2割台に低迷し、志願者の減少に歯止めがかからないためだ。有力私学の立教大や青山学院大も不採算を理由に18年度の学生の募集を停止するなど淘汰が加速している。

 質・量ともに新しい時代に対応した法曹(裁判官、検察官、弁護士)を養成する高邁(こうまい)な理念を掲げて創設された法科大学院は、今後どういう方向に進むのか。法科大学院を取り巻く課題を考察した上で、法曹養成の将来像を展望したい。

35校が募集停止・撤退

 法科大学院の撤退・募集停止の流れが止まらない。

 全国に74校あった法科大学院のうち、姫路独協大が11年度の学生募集を停止したのに続き、13年度には、第二東京弁護士会が全面協力して発足した大宮法科大学院大、駿河台大、明治学院大などが継続を断念。15年度には、島根、信州、新潟、熊本大などの地方国立大学も相次いで撤退を表明した。

 立教大や青山学院大も17年5月に18年度の学生募集の停止を発表し、これまでに35校が募集停止や撤退に追い込まれた。残る法科大学院39校のうち、10校は17年度の定員の半数以下しか埋まらず、そのうち7校は入学者が10人以下という不人気ぶりだ。17年度の法科大学院の入学者数は1704人とピーク時の約3割に減った。生き残るのは、多くの司法試験合格者を輩出している大都市圏の法科大学院を中心に、20校程度との見方も広がる。

 立教大は、実績のある教授陣に加え、裁判官や検察官らの実務家教員をそろえ、法学を本格的に学んだことがない「未修者教育」(3年制)にも力を注いできた。これまでに560人が法務研究科を修了し、このうち191人が司法試験に合格した。

 だが、ここ数年は志願者減に悩まされ、17年の合格者は立教が9人(合格率8・6%)、青山学院はわずか2人(同4・8%)と振るわなかった。

 両校とも給付型の奨学金制度を拡充し、優秀な学生の確保に尽力してきたが、志願者が減る→学生の質が低下→合格率が低迷―といった「負のスパイラル」に陥り、存続が困難と判断した。都心の一等地に立地し、法学教育で一定の成果を上げてきた立教、青山学院の法科大学院からの事実上の撤退は、大学関係者らに衝撃を与えた。

「点」から「プロセス」へ

 法科大学院構想は、欧米に比べて圧倒的に少ないとされる法曹人口(1997年当時で約2万人)を増やし、「暗記中心」、「一発勝負」といわれた当時の司法試験の弊害を打破することが主な目的だった。

 政府が設置した「司法制度改革審議会」(会長・佐藤幸治京都大名誉教授)は、2001年に司法制度改革の方向性を示した意見書を発表した。この中で、法曹を「国民の社会生活上の医師」と定義し、「今後、国民生活の様々な場面において法曹に対する需要がますます多様化・高度化することが予想される中での21世紀の司法を支える人的基盤の整備としては、プロフェッション(高度な専門職)としての法曹の質と量を大幅に拡充することが不可欠」と提言した。

 その法曹を担う人材教育について、「司法試験という『点』のみによる選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた『プロセス』としての法曹養成制度を新たに整備すべきである」と指摘し、法曹養成に特化した法科大学院を「その中核を成すもの」と位置づけた。

 研究者と弁護士などの実務家教員がタッグを組んで法律家に必要な幅広い教養や法的なセンス、柔軟な思考力を体系的に指導し、法学部以外の卒業生やビジネス経験を積んだ社会人ら多様な人材を法曹界に呼び込むことを目標に掲げた。

 意見書を踏まえて、政府は02年3月に「司法制度改革推進計画」を閣議決定し、法科大学院を含む法曹養成制度の整備状況を見定めながら、新司法試験の合格者数を10年頃に3000人程度に増やす方針を示した。

 司法試験の合格者は1990年頃までは司法研修所の受け入れ態勢の問題などもあり、500人前後で推移していた。それ以降も1500人以下に抑えられていたが、一気に2倍の水準まで増員しようという大胆な政策転換だった。

修了生、就職先でも高評価

 法科大学院の教育は、従来の法学部に比べ大きく変わった。

 以前は、一部の大学を除いて、法学部が法曹養成に積極的に関与していなかった。法学部は、法律家よりもリーガルマインド(法的思考力)を持ったゼネラリストの養成に軸足を置いていた。大教室で教員が一方通行で講義を進めるマスプロ教育が中心で、司法試験に直接役立つ内容とはいえなかった。このため、「司法試験を目指す優秀な学生ほど予備校通いを優先して、大学の講義には出ないという“空洞化現象”が起こっていた」(国立の法科大学院教授)という。

 法科大学院の講義や演習は、少人数で教員と学生が双方向の対話によって知識を深める「ソクラテスメソッド」と呼ばれる手法をとる。

 講義に対する修了生の満足度はおおむね高く、文科省が15年に行った「法科大学院修了生の活動状況に関する実態調査」によると、特に「施設・設備」、「教授などの教員体制」、「教育内容・カリキュラム」は高い評価を得た。

 就職先の法律事務所や企業の評価も高い。法律事務所の55%、企業の約70%が修了生に対し、「非常に満足」「満足」と回答している。

多様な人材呼び込む

 法科大学院は、多様なバックボーンを持つ優秀な人材を法曹に呼び込むという点でも、一定の成果があったとみるべきだろう。

 1級建築士の資格を持つ吉田可保里弁護士(第二東京弁護士会)が法曹を目指すきっかけとなったのは、05年に発覚したマンションの耐震偽装事件だった。「建築の専門知識を持った弁護士が必要なのではないか」と考え、マンションデベロッパーの会社を辞め、07年に青山学院大法科大学院の未修者コースに入学した。

 「会社に勤務していた頃は、ヘルメットをかぶって現場を回っていた」という吉田弁護士の法律知識は「ほぼゼロ」で、「当時はロースクールの授業についていくことで精いっぱいだった。なんとか合格できたのは、先生や勉強会で切磋琢磨(せっさたくま)したクラスメートの支えのお陰」と話す。弁護士登録後は都内の法律事務所に勤務し、不動産取引や建築紛争などの専門知識を生かした分野で活躍中だ。

 医師出身で神戸大法科大学院の未修者コースを経て、08年に司法試験に合格した小田祐資(ゆうじ)弁護士(兵庫県弁護士会)は「法律を一から学べる法科大学院制度がなければ、司法試験を受けられなかったと思う。学生同士で刺激し合って、頑張れる環境にあったことが良かった」と振り返る。

 日本社会の変化やグローバル化に対応し、知的財産や先端科学技術といった分野や国際関係法などの専門法曹を育成するカリキュラムが充実しているのも法科大学院の魅力だ。

性急だった制度設計

 そうした成果の一方で、多くの法科大学院が行き詰まったのは、教育態勢が整わない大学院までもが参入し、乱立を招いたことが要因だ。

 法科大学院の誕生という時流に乗り遅れまいと、法学部を持つ大学はもちろん、法学部を置かない大学やそれまでに司法試験の合格者をほとんど出したことのない大学も法科大学院の設置に名乗りを上げた。この結果、当初20~30校程度と見込まれていた学校数は74校に膨らんだ。審議会の意見書で「法科大学院の設置は、関係者の自発的創意を基本としつつ、基準を満たしたものを認可することとし、広く参入を認める仕組みとすべき」と提言されたことや、当時の小泉政権は「改革なくして成長なし」を旗印に規制緩和を推進していたことが背景にあった。

 名古屋高検検事長や金融監督庁長官を経て、駿河大法務研究科長を務めた日野正晴弁護士は「(所管の)文部科学省の基本的なスタンスは、基準を満たしていれば、設置を認める方向だった。結果的に合格者を出せるかどうか不安な大学の申請も認めてしまった」と振り返る。

 旧司法試験は、学歴などの受験制限がなく、原則、誰でも受験することができた。法科大学院制度がスタートする前年の2003年には4万5372人の受験生を集めた。合格率は2~3%で推移し、学力的に十分合格レベルに達している受験生が何年も不合格となることは珍しくなかった。

 それが一転し、法科大学院に入学さえできれば、「7~8割が法曹になれる」というバラ色の将来を夢見て、社会人を含めた入学志願者が殺到。初年度の志願者は全国で延べ7万人を超え、5767人の法科大学院1期生が誕生した。

 だが、その後の急激な志願者の減少や半数近い法科大学院の撤退を見る限り、審議会の意見書発表からわずか3年でスタートした制度設計が不十分で、甘い見通しに基づいていたことは否めない。

 17年に「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」を出版した愛知大法科大学院の森山文昭教授(弁護士)は「制度を抜本的に改造して、法科大学院を中核とする法曹養成制度を打ち立てようとするのではあれば、質と量の両面から大学のキャパシティーに関する考察も十分行いながら、もっと慎重な検討が行われても良かったのではないか」と指摘する。

教育の質に格差

 法曹教育という点で学校間、教員によってレベルの差もある。北海道大法科大学院で実務家教員として教鞭をとった経験のある日本弁護士連合会の田村智幸・前副会長(札幌弁護士会)は「法科大学院によって教える内容は様々で、最先端の実務を教え、学生が法曹への思いを強くする講義もあれば、座学で教科書をひたすら読んでいるだけの講義もあった。教育の質に差があった」と指摘する。

 教える側と学生との間にもギャップあったようだ。文科省が旧司法試験時代の予備校のような試験対策に特化した教育と一線を画すために、大学側に対し、当初、受験指導に主眼を置いた教育をしないよう要

請した。このため、ある法科大学院では、教員が1

年次の基本科目で自分の関心が高い特定分野に重点を置いた授業を行った結果、全般的な基礎が身につかなかったり、教員間の連携が悪く体系的な知識を学べなかったりして、学生の不満が募った。

 法科大学院1期生(法学部卒の既修者)を対象に初めて実施された06年の新司法試験には、2091人が受験し、1009人が合格した。合格率は48・3%だったが、未修者コースの学生が受験資格を得た翌年以降の合格率は40・2%、33・0%と年々低下し、ここ数年は2割台で推移している。17年の未修者の合格率は12%だった。

 国立大学で約80万円、私立大学で100万円以上の学費を2年以上払い続けて、学習しても法曹になれる保証がないことがはっきりしたことで、法科大学院離れは急速に進み、志願者は17年度まで10年連続で減少している。

人気集める予備試験

 法科大学院が苦境にあえぐのとは対照的に、受験者を集めているのが、法科大学院を経由しないで司法試験の受験資格が得られる予備試験だ。

 旧司法試験が廃止された翌年の11年にスタートし、経済的な理由などで法科大学院に通えない学生や社会人などの受験者を救済する例外的なルートだった。

 だが、文科省と法務省が司法試験合格者数上位の法科大学院を持つ東京大や一橋大などの法学部生を対象に実施したアンケートによると、予備試験を受験する理由について、「少しでも早く法曹資格を得たいから」とする回答が60・3%とトップだった。

 一方、「経済的余裕がなく、法科大学院に進学できないから」と回答した学生は15・0%にとどまり、時間がかからず、経済的な負担も軽減できる「バイパスコース」として活用されている実態が浮かび上がった。

 合格率が1~4%と難関の予備試験を突破した合格者のレベルは高く、司法試験の合格率でも法科大学院の上位校を圧倒する。17年の司法試験の合格率は72 ・5%と、法科大学院でトップの京都大の50・0%を大きく上回った。中でも予備試験合格者の5割近くを占める大学生の司法試験の合格率は95・7%(92人が受験し、88人が合格)と高い。

 長年、司法試験の受験指導に関わってきた伊藤塾の伊藤真塾長(弁護士)は「優秀な人ほど、まず予備試験を目指し、それがダメな場合に上位の法科大学院に入る。旧司法試験並みに合格率の低い予備試験を突破して司法試験に挑む学生が評価されるのは当然のこと」と話す。

 法科大学院の一部からは「制度の趣旨に合っていない予備試験に受験制限を加えるべきだ」などの意見があるが、受験資格を問わない予備試験があることで、社会人が仕事を続けながら司法試験に挑戦できる道が残っているともいえる。本来、法科大学院が担うはずだった多様な人材に門戸を開いているのは予備試験という皮肉な現象が起きている。

法科大学院はどこへ向かうのか(下)につづく

◇主な参考文献・資料

森山文昭「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」花伝社

早稲田大学大学院法学研究科大学院教育改革支援プログラム実施委員会編「法科大学院時代における法理論の役割」日本評論社

佐藤幸治、井上正仁、竹下守夫「司法制度改革」有斐閣

日本学術会議第2部「法科大学院と研究者養成の課題」

落美都里「調査と情報 第444号 ISSUE BRIEF 法科大学院の発足―残された問題点と課題―」国立国会図書館

石井美和「法曹養成をめぐる制度と政策―法曹三者の力学を中心として―」東北大学大学院教育学研究科研究年報(2006)

米倉明「法科大学院雑記帳 教壇から見た日本ロースクール」、「法科大学院雑記帳 教壇から見たロースクールII」日本加除出版

河野真樹「破綻する法科大学院と弁護士 弁護士観察日記PART2」共栄書房

秋山謙一郎「弁護士の格差」朝日新書

伊藤真「“司法試験流”勉強のセオリー」NHK出版新書


プロフィル
高橋 徹( たかはし・とおる
  読売新聞調査研究本部主任研究員。政治部、経済部次長、静岡支局長を経て現職。ファイナンスMBA(早大)。事業再生実務家協会及び法と経済学会会員。日本証券アナリスト協会検定会員。

無断転載禁止
20078 0 読売クオータリー 2018/05/01 07:02:00 2020/02/05 12:53:56 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180427-OYT8I50040-T.jpg?type=thumbnail

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