法科大学院はどこへ向かうのか(下)

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法科大学院はどこへ向かうのか(上)からつづく

広がる影響

 法科大学院の創設と法曹人口の急激な増加は、多方面に影響を与えている。この十数年の間に年によっては2000人を超える司法試験合格者が誕生したが、公務員である裁判官や検察官の採用人数が大幅に増えることはなく、弁護士の数だけが膨らみ、今年に入って弁護士登録者は4万人を突破した。司法制度改革前の法曹人口は計2万人程度だっただけに一気に倍増した計算だ。弁護士の増員により全国で約200ある地方裁判所の支部のうち、弁護士が全くいないか、1人しかいない「ゼロワン地域」はほぼ解消された。

 一方で深刻なのは、急激な増員で法律事務所に就職できない弁護士が以前より増えたことだ。新人弁護士は法律事務所に入り、先輩弁護士の指導の下、書面づくりや訴訟での戦術、相談者との向き合い方など、実務を通じたオン・ザ・ジョブ・トレーニングで法律家としての能力を高めてきた。スキルを学ぶ機会が均等に行き渡らなくなる中、若手弁護士の教育をどう確保するかも課題になっている。

 医師と並んで高収入の代表格だった弁護士だが、急増によって若手弁護士の割合が増え、競争が激化した影響で、所得も以前に比べて下がっている。日本弁護士連合会の調査によると、06年時点で「キャリア5年未満」の弁護士の所得は、660万円(中央値、以下同じ)だったが、14年は420万円に減った。弁護士全体の所得も06年の1200万円から14年は600万円に半減している。

 最大の誤算は、司法制度改革を立案した際に増えると見込んだ訴訟案件が弁護士の増員に見合うほど伸びなかったことだ。

 地方裁判所における民事訴訟件数(既済)は10年の22万7439件をピークに減少傾向にあり、16年は14万8016件だった。「裁判外紛争解決手続き(ADR)」や将来において契約の当事者間などで紛争が生じないよう事前に法的措置をとる予防法務などの業務が増えているものの、弁護士業界全体を潤すには至っていない。

 多額の資金を投じて苦労して司法試験に合格しても収入が期待できず、そもそも資格が得られるかどうか不透明といった風評が広がるにつれ、「リスクを嫌う」若い学生が敬遠する傾向が強まり、職業としての法曹の魅力が低下し始めている。

 こうした事態は、法科大学院の地盤沈下にとどまらず、法学部にも影響が飛び火している。法科大学院への期待が高まっていた03年度の法学部の入学者は4万3215人だったが、11年度以降はほぼ横ばいで推移している。文科省は「(高校生にとって)法学部が以前に比べて魅力的な進学先に映っていない」と危機感を強める。

 法学研究者の養成にも暗い影を落としている。明治維新以降、近代国家を目指して、欧米の法制度を研究してきた日本は、伝統的に比較法の分野などで実績を積み上げてきた。

 研究者の養成は、4年制大学を卒業した後、大学院の前期博士課程(修士課程)、後期博士課程というプロセスを経て行われてきた。しかし、各校が法曹の実務家養成にかじを切った結果、学部生の関心が法科大学院に向き、研究者養成のコースに学生が集まらなくなった。

 この影響で、基礎法などを中心に研究者養成の機能は著しく低下したとみる学者は少なくない。学習院大の神田秀樹教授(会社法)は「定量的なエビデンス(証拠)はないが、研究者養成への影響は確実に出ている。法学教育という点で、5年後、10年後にはより深刻な事態が顕在化するだろう」と話す。

改革の機運

 こうした状況を重く見た政府は、10年から本格的な制度設計の見直しに着手している。官房長官を議長に法相や文科相らが参加する「法曹養成制度改革推進会議」は「10年頃までに3000人程度」として閣議決定した司法試験の合格者の目安を13年に軌道修正し、当面1500人程度に半減する方針に転換した。

 18年度までを集中改革期間と位置づけ、15年度から補助金の配分にもメリハリを付けている。司法試験合格率や入学者数などの指標を基に補助金の基礎額を90、80、70、60、0%の5段階に分けた上で、各校の独自の取り組みを評価し、18年度に支給する補助金の配分率を決めた。

 対象となった37校のうち、手厚いサポートシステムにより未修者教育で実績を挙げた神戸大が135%でトップとなり、東京大、京都大、早稲田大の130%、一橋大、慶応大、岡山大が120%で続いた。14校が100%以上になった一方、17年度の入学者数が定員20人に対して7人にとどまった南山大学は0%となった。教育水準と合格率が高く、補助金の加算額が多い法科大学院が生き残っていく可能性は高い。政府は補助金だけでなく、実績の上がらない学校への裁判官や検察官の教員派遣を打ち切っており、今後も優勝劣敗が進むことは間違いない。

 すべての法科大学院が加盟する法科大学院協会の大貫裕之理事長(中央大法科大学院教授)は「法科大学院の撤退が相次いだことで、制度が不安定な印象を与えたのは残念だが、市場からの退出や淘汰は正常な競争の結果であり、必ずしも悪いことではない」と話す。その上で、「こうした結果、司法試験の累積の合格率はかなり向上している。ここ数年は、既修者の約5割が1年目の受験で合格し、修了から3年目までに約7割が合格しており、当初の見込みに近付いてきた」とみる。

伸び悩む未修者の合格率

 問題は未修者の底上げだ。未修者コースに入学する学生の約7割は、実は法学部出身者だ。しかし標準修業年限の3年で修了できる割合は約51%で、半数近くが進級要件をクリアできず留年している。修了したとしても1年目の司法試験の合格率は約16%、受験制限の最終年の5年目でも48%にとどまり、半分以上が法曹資格を得られていない。

 未修者は1年目に基礎をしっかり学んで既修者に追い付き、2、3年で既修者コースに合流するカリキュラムが一般的だが、ある国立の法科大学院に入った既修の学生は「未修者が既修者コースに合流してから講義についていけず、試験準備も進まない状況に追い込まれ、かなり焦っていた」と話す。

 文科省は、入学者に占める未修者や社会人の割合を3割以上とする努力目標も撤廃する。

 一方で、全国の法科大学院生に「共通到達度確認試験」を課し、各校が進級の判断材料として活用できる仕組みを用意する。同じモノサシで、学習の進度や理解度を測ることで学校間のバラツキを解消したい考えだ。

 未修者教育の取り組みは、補助金の配分を決める際の重要な加点ポイントとなるため、各校は学習効果が上がるよう知恵を絞っている

 一橋大は、すべての未修者に担任・副担任の教員を付け、学期ごとに面談を行うなどきめ細かい指導を行っているほか、修了したOB、OG弁護士が学習アドバイザーとして、学生の学習をサポートしている。北海道大は、入学前にICT(情報通信技術)を活用し、憲法、民法、刑法の入門講義の動画配信を行っている。理解度をチェックする確認テストも実施し、受講生に好評だ。

 神戸大は、学習プログラムとカウンセリングによって未修者の基礎力が向上し、成績優秀者の上位5人のうち、未修者が3人を占めるなど、成果は着実に出始めている。

「3年+2年一貫コース」が主流に

 文科省は、今後、飛び級入学や早期卒業制度を活用して、法学部(3年)と法科大学院(2年)の「3年+2年の一貫コース」の設置を大学に促す。通常は4年制の法学部の課程を1年短縮することを可能にして、「より短期間の養成プロセスで法曹になれる環境を整備し、優秀な学生を法科大学院に呼び込みたい」(文科省・大月光康専門職大学院室長)考えだ。

 法科大学院は、法学部が存在しない米国のロースクールをモデルに制度設計され、法曹養成を一手に担うことになっていたため、法学部との連携が分断されていた。これを抜本的に見直し、法曹を希望する法学部生向けの「法曹コース」(3年)を設け、学部の段階から法曹養成に取り組めるようにする。法科大学院の科目の一部を学部で履修できるようにするため、要件を緩和し、定員の5割程度を上限(実入学者数の5割程度を超えない)に法曹コースを経た学生を受け入れる枠を認める方針だ。

 補助金交付に当たっての審査で高い評価を受けた神戸大をはじめ、早稲田大、名古屋大、京都大、東北大など19校がこうした学部との連携に着手しており、この流れは今後加速しそうだ。

 ただ、1年の短縮だけでは経済的な負担は依然として残るため、予備試験に流れる層をどれだけ食い止められるかは不透明だ。各大学の法学部と法科大学院が連携して、体系的で一貫性のあるカリキュラムを提供することが不可欠で、指導教官の教育能力も成否のカギを握る。

地域法曹教育をどう守るか

 地域の法曹教育をどう維持するかも重要な問題だ。大都市圏を中心に司法試験の合格実績の高い上位校が集中する一方で、四国では香川大と愛媛大の連合法務研究科が撤退し、法曹養成機関の空白地帯となったほか、北海道では北海道大、東北6県では東北大が唯一の法科大学院となるなど、地域の偏りが顕著になっている。

 こうした中、東北大は、法学系の学科はあるものの、法学部を持たない岩手、山形、福島大などに加え、法科大学院から撤退した新潟大に出向いて説明会を開催し、地方の法曹を担う人材の掘り起こしに注力している。

 東北大法科大学院を修了した弁護士の約4割が東北地方に勤務している。中原茂樹院長は「東北唯一の法曹養成機関として東北大に課せられた責任は重い。研究に裏打ちされた質の高い法曹教育を実践し、地域への期待に応えていきたい」と話す。

 少子高齢化や過疎化が進む地域でも、司法サービスに対する一定の需要はある。地方で法曹教育を受けられる機会を確保する上でも法科大学院や法曹コースを持たない地方大学と、地域の拠点校となりうる旧帝国大学などの法科大学院が連携することが望ましい。その際、各校の責任の下に優秀な学生を推薦し、それを受け入れる枠組みがあれば、より実効性が増す。

 さらに、情報通信技術(ICT)を駆使して遠隔地で学べるようにし、スクーリングで対話の授業を行う通信制の法科大学院の創設も検討する価値はあるだろう。

司法試験改革の必要性

 法科大学院での法曹養成を生かす上で、司法試験の見直しも今後の課題だ。

 司法試験では、短答式で憲法、民法、刑法の3科目、論文式で公法系(憲法、行政法)、民事系(民法、商法、民事訴訟法)、刑事系(刑法、刑事訴訟法)がそれぞれ必須だ。論文式では、旧試験の末期に廃止になった選択科目(倒産法、租税法、経済法、知的財産法、労働法、環境法、国際関係法・公法系、国際関係法・私法系から1科目)も課せられる。

 合格者が増えた分、新司法試験組は旧試験組に比べ、一段低く見られがちだが、試験問題のレベル自体は上がっている。前出の伊藤真弁護士は「旧試験に比べて、実践的な内容で、実務能力を見る上では良い問題になった」と評価する。旧司法試験を優秀な成績で合格したある裁判官は「新司法試験の問題量の多さを見て、正直、今の受験生は大変だと思った」と打ち明ける。

 国立の法科大学院を修了して都内の大手法律事務所に勤務する20代の弁護士は「論文式試験は問題文が長く、たくさん書き込む必要があり、じっくり考えるタイプの人には不利だと思う」と話す。

 法科大学院協会の大貫理事長は「膨大な問題文を読んで、制限時間内に解答を導くためには、ある程度パターン化しないと対応できない。事務処理能力は実務で身に付ければよい。試験は教育の成果を評価すべきものであるべきだ。もっと法科大学院で学んだことが生かせるような試験にしてほしい」と注文を付ける。

 司法制度改革に合わせて03年に施行した「法科大学院の教育と司法試験との連携などに関する法律」では、司法試験に関して、法科大学院における教育との有機的連携の下に、裁判官、検察官または弁護士になろうとする者に必要な学識とその応用能力を有するかの判定を行うことを求めている。しかし、法科大学院で教えた経験のある教授や実務家教員は「法科大学院は文科省、司法試験は法務省、実務を学ぶ司法修習は最高裁判所と所管が分かれ、あまり連携が取れているとはいえない」と口をそろえる。

 法科大学院を法曹養成の中核と本気で位置づけるのなら、法科大学院の講義や演習の内容を十分に理解していれば、特に対策を立てなくても司法試験に合格できる仕組みに転換するのも一案だろう。学部→法科大学院→司法試験→司法修習という一連のプロセスの中で、法曹に必要な知識とスキルが身に付くような制度にしない限り、旧司法試験を否定した司法制度改革の精神が生かされたことにならない。

 法曹養成が十全に機能しなければ、国民に対する司法サービスの低下につながる。政府は、司法制度改革で浮かび上がった様々な問題を検証した上で、法科大学院が質の高い法曹養成機関として、機能するよう制度改革に取り組まなければならない。

◇主な参考文献・資料

森山文昭「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」花伝社

早稲田大学大学院法学研究科大学院教育改革支援プログラム実施委員会編「法科大学院時代における法理論の役割」日本評論社

佐藤幸治、井上正仁、竹下守夫「司法制度改革」有斐閣

日本学術会議第2部「法科大学院と研究者養成の課題」

落美都里「調査と情報 第444号 ISSUE BRIEF 法科大学院の発足―残された問題点と課題―」国立国会図書館

石井美和「法曹養成をめぐる制度と政策―法曹三者の力学を中心として―」東北大学大学院教育学研究科研究年報(2006)

米倉明「法科大学院雑記帳 教壇から見た日本ロースクール」、「法科大学院雑記帳 教壇から見たロースクールII」日本加除出版

河野真樹「破綻する法科大学院と弁護士 弁護士観察日記PART2」共栄書房

秋山謙一郎「弁護士の格差」朝日新書

伊藤真「“司法試験流”勉強のセオリー」NHK出版新書

プロフィル
高橋 徹( たかはし・とおる
  読売新聞調査研究本部主任研究員。政治部、経済部次長、静岡支局長を経て現職。ファイナンスMBA(早大)。事業再生実務家協会及び法と経済学会会員。日本証券アナリスト協会検定会員補。

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20055 0 読売クオータリー 2018/05/01 07:01:00 2019/01/22 16:04:36 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180426-OYT8I50043-T.jpg?type=thumbnail

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