2018秋号

イラン制裁がもたらす分裂

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 イランの核開発制限の見返りに対イラン経済制裁を解除する2015年の核合意から、今年5月に一方的に離脱したトランプ米政権は8月7日、解除した制裁の一部を復活させた。11月5日には、イラン産原油の全面禁輸を目指す強力な制裁を再開する。歳入の3割を占める原油収入を奪うことで、中東で影響力を拡大したイランの行動を抑え込み、体制転換も視野に革命政権の弱体化を狙うトランプ流イラン敵視戦略の本格的な発動だ。その思惑通り、通貨リアルの暴落、外国企業の取引撤退などイラン経済は深刻な苦境に追い込まれているが、ロハニ政権は核合意を順守するイランの道義的正当性を強調、徹底抗戦の構えだ。一方、欧州や中露など主要国は、国連安全保障理事会決議が承認した国際的な核合意からの強引な離脱や、制裁の復活と他国への押しつけというトランプ政権の一国主義的行動に強く反発し、イランとのこれまでにない連携姿勢を示している。イラン核合意と米制裁への対応は、多国間合意を基本とする「国際秩序」の存否に関わる問題として焦点化した形だ。

際立った「トランプ流」と世界の溝

 「イラン指導部は腐敗した独裁体制で、中東に混迷と死、破壊を広めている。米国は、イランが血塗られた計画を進める資金を断つ経済圧力キャンペーンを開始した。世界随一のテロ支援国に、地球で最も危険な兵器の保有を認めることはできない。すべての国家に対し、イランを孤立させるよう求める」

 9月25日、ニューヨークでの国連総会一般討論演説。トランプ大統領は、6月の米朝首脳会談で非核化の意思を表明した北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に言及、非核化の具体的成果が見えていないにもかかわらず、その「勇気」への謝意を述べる一方で、核合意通りに核開発制限を履行しているイランについては、「制裁解除で得た資金で中東を混乱に陥れている」と激しく非難した。さらに「我々はグローバリズムを拒絶し、愛国主義を尊重する」と言い放って、米国第一主義に基づく自らの単独核合意離脱・制裁再開決定の「正しさ」を強調した。

 これに対し、数時間後に登壇したイランのロハニ大統領は、安保理の承認を得た核合意の正当性を改めて主張し、米国の一方的な制裁再開は「経済テロの形をとるもので、イランの発展の権利を侵害している」と真っ向から反論。トランプ氏が7月に意欲を示した、核合意に代わる新たな合意作りのためのイランとの直接対話については、「前(オバマ)政権による国家としての約束義務を守らない政権と、どのような原則と基準で合意作りに入れというのか。記念写真の機会は必要ない」と一蹴(いっしゅう)、米国こそが核合意復帰のための交渉に戻るべきだと切り返した。

 米イラン両首脳に挟まれての演説順となったフランスのマクロン大統領が、イランの核兵器開発を阻止した核合意の意義を指摘し、多国間主義の重要性を強調するなど、今年の国連総会では、就任2年目のトランプ米政権の露骨な米国第一主義に対する各国からの批判が目立った。特に、イラン核合意をめぐり、トランプ流外交と国際社会に広がりつつある溝が如実に表れた観が否めない。

核問題を外交で解決した国際合意

 イランの核開発を15年間にわたり制限する見返りに経済制裁や原油禁輸を解除した2015年7月の核合意(包括的共同行動計画)は、オバマ前政権が、1979年のイスラム革命以来、イランを敵視・排除してきた従来の米中東政策を、イランが強めた影響力を地域安定に活用することを狙った「関与政策」へと転換させ、米国とイランの秘密直接折衝も含む2年間の交渉の末に、英仏独(EU3)と中露も交えた国際合意として成立させた。イランはウラン濃縮活動の制限、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、この結果、仮にイランがこれを履行せず、核兵器製造に着手した場合でも、核爆弾完成までの時間(ブレイクアウト・タイム)は、合意前の「数か月」から「1年以上」に延びたとされる。2012年時点では一時、イラン核施設に対するイスラエルの先制攻撃も危惧され、軍事的緊張が高まったイランの核開発問題を外交で解決したとして、核合意への国際的評価は高く、国連安全保障理事会も決議2231で承認している。実際、イランは核合意を履行しており、IAEAもこれを継続的に確認している。

貿易阻止でイラン締め上げ

 しかし、トランプ大統領はこの核合意について、「中東の悪の元凶」と敵視するイランに核兵器開発の余地を残し、制裁解除によって弾道ミサイル開発やテロ組織支援、イラク、シリアなどへの介入のための資金を提供した「最悪の合意」と断じ、5月8日に米国の一方的離脱を表明して、合意で解除した制裁の再発動を指示する大統領令に署名した。イランに進出した外国企業が事業を清算するための制裁適用猶予期間が90~180日間設定された後、まず、8月7日、第1弾として、イランの主要産業である自動車関連の取引、アルミ、鉄鋼、石炭などの原料や貴金属の取引、イラン政府による米ドル紙幣の購入を対象に制裁が復活。米中間選挙の投票前日にあたる11月5日には、原油取引、外国金融機関によるイラン中央銀行や金融機関との決済などを対象とする制裁がすべて再発動する。

 トランプ政権は、イラン産原油の取引をゼロにする目標を掲げており、欧州、日本を含む各国にイラン産原油の輸入停止を求め、制裁発動後もイランとの取引を続ける外国企業や個人に対しては、米国との金融取引停止を科す「二次的制裁」を適用する方針を明言した。外国企業にとって、米国の金融システムからの締め出しは、ドル決済が出来なくなることを意味し、死活的打撃となる。事実、欧州や日本の企業ではイランからの撤収の動きが目立ち、核合意による制裁解除後の目玉事業と目された仏石油大手トタルによるガス田開発プロジェクトも、8月20日、同社の撤退が正式発表されたほか、日本の石油元売り大手も9月段階でイラン産原油輸入の一時停止を相次いで決めるなど、制裁再発動の影響はすでに現れている。8月前半のイラン原油輸出量は、中国やインドの輸入削減などにより、日量168万バレルと前月比で60万バレル、約2割減少しており、イラン経済への打撃は大きい(注1)。

 こうした核合意離脱・経済制裁再発動によるイラン締め上げ政策の実行は、大統領選中から核合意破棄を公約とし、17年1月の政権発足直後からイラン敵視路線を明確に掲げたトランプ政権にとって、核合意をはじめとするオバマ前政権の実績をすべて否定するトランプ大統領の徹底した方針や、最大の支持基盤であるキリスト教福音派を強く意識したイスラエル一辺倒路線という行動特性から考えれば、当然の帰結と言える。だが、これまで、「イランは悪者」「核合意は認めない」と多分に感情的な主張だけを振りかざしていたトランプ政権が今回、前政権とは真逆の一大政策転換を実施するにあたって、その論理的妥当性はさておき、イラン封じ込めの「政策目標」を初めて公式に示してみせたことは注目される。

 端的に言えば、「核合意を通じてイランの建設的な変化を求めるのではなく、核合意の枠外で、イラン革命政権の中東での悪(あ)しき行動をやめさせ、変化を強制する。ただし、レジームチェンジ(体制排除)は目標に掲げない」ということになる。核放棄を迫るために米国を中心に国際社会が北朝鮮にかけた「最大限の圧力」を今、制裁復活を通じて、イランに向けて結集し、その反米・反イスラエル姿勢、中東の同盟国と地域の安定を脅かす政策行動を修正、制御しようというのだ。

ポンペオ長官の対イラン12項目要求

 このトランプ戦略の骨格を提示したのが、ポンペオ国務長官が5月21日、ワシントンのヘリテージ財団で行った講演である。長官は、核合意がイランの「ならず者国家」的行動を抑制し、中東安定の戦略的な柱になると判断したオバマ前政権の「賭け」が、その後のイランのシリア、イラク、レバノン、イエメンでの勢力拡大などによって「失敗した」と断定。その上で、米国は核合意に代わり、イランが絶対に核兵器を持たず、地域で敵対行動を取らないことを保証する新たな合意を直接交渉で作る用意があるとして、イランに対し、IAEAへの核計画の全面申告、ウラン濃縮の中止、弾道ミサイル開発中止など12項目の要求(別表)を突きつけたのだ。

 ポンペオ長官はこれらを「非常にベーシックな要求」とした上で、イラン側が12項目要求に応じ、「目に見える、行動で示された、持続的な政策変更」を示した時点で、「米国は経済制裁を解除し、イランと完全な外交・通商関係を復活させる」と述べ、トランプ政権が政策目標として、米イラン関係正常化までをも視野に入れていることを表明した。

 しかし、一見して明らかなように、イランにとってこの12項目は、イランの国家主権と安全保障戦略を一方的に返上し、事実上の無条件降伏をするよう要求しているに等しい。要求項目に即して言えば、イランが国家として核兵器を追求していたことを認め、一切の核計画を申告(1)、核の平和利用の権利を自ら断念し(2)、国家安全保障に直結する国内全軍事施設へのIAEAの無条件・無期限立ち入りを認める(3)ということだ。

 そもそも、イランが核合意を結んだのは、最高指導者ハメネイ師が「核兵器はイスラム教の見地から禁忌」と明言し、政府も「核開発は平和利用に限られ、核爆弾製造の意図はない」といくら主張しても、イランへの疑心を捨てない欧米やイスラエルがこうした理不尽な要求をしてくるのを防ぐためでもあった。イランにしてみれば、多国間交渉の枠組みとは言え、宿敵米国との対話という革命政権の根幹に触れかねないリスクも冒しながら、核開発制限交渉に応じ、国際合意としての核合意を誠実に履行、IAEAも国際社会も認めているのに、核合意から身勝手に離脱した米国から、(1)実は核兵器開発を目指していたと認める(2)今後一切、核エネルギー開発をしない(3)その証しとして国家全域を国際機関査察に開放する--とイランの側が誓約するよう要求されるのは、言語道断ということになる。

 他の要求は核合意が扱った範疇(はんちゅう)を超える問題の羅列だ。(6)のヒズボラ、ハマスはイランにとっては、「テロ集団」ではなく、イスラエルとの反占領闘争を共に戦う盟友とも言える抵抗組織であり、支援中止は被抑圧者の解放を国是とする革命体制の政治的自殺に等しい。特にヒズボラは、1982年のイスラエルのレバノン侵攻を受け、イランの肝入りで創設され、政治組織としても今やレバノン国内で絶大な影響力を誇る。戦闘力も強大で、革命イランに絶対的忠誠を誓うかけがえのない存在だ。

 (7)の対イラク政策も、米軍によるフセイン政権打倒後に選挙で選ばれたシーア派政権を政治・経済、安保面で支えてきたイランの役割を否定するものだし、(9)のイラン部隊のシリア撤退についても、内戦で崩壊の脅威にさらされたイラン・イラク戦争以来の戦略的盟友である同国のアサド政権の要請で兵力を派遣しており、何ら非難されるべきものではないという立場だ。何より、イラク、シリア、レバノンに至るシーア派三日月地帯は、もはやイランにとって、多数の人的犠牲も払って得た、安全保障上不可欠な勢力圏となっており、完全撤退はよほどの内外事情の転換がない限りはあり得ない選択だ。

イランは「内政干渉」と反発

 ポンペオ長官の要求に対し、ロハニ大統領は直ちに「イランと世界についての決定を行おうとするとは、何様だ」と反発。イラン外務省も「目に余る内政干渉であり、国連加盟国への不法な脅迫だ」と強い拒否声明を出している。

 米国内でも、「一貫した戦略とは言えないどなり口調のウィッシュ(要望)リスト」(ワシントン・ポスト紙論説記者ジェニファー・ルービン氏)など否定的な見方が一般的で、戦略国際問題研究所(CSIS)の中東軍事専門家アンソニー・コーデスマン氏も「イランにとって実質的な交渉パッケージとは言えず、すべてを要求して何も手に入れられない結果になろう」と論考している(注2)。

 ポンペオ長官は8月16日、国務省内に政権内の連絡調整機関「イラン行動グループ」を設置し、そのトップに、ブライアン・フック上級政策顧問をイラン担当特別代表の肩書で任命。フック特別代表は国連総会直前の9月19日、ワシントンのハドソン研究所での講演で、対イラン12項目要求を踏まえ、トランプ政権がイランとの間で、核に加え、弾道ミサイル開発や中東での影響力を制限する正式な「条約」の締結を意図していることを明らかにした。特別代表は、オバマ前政権が核合意について、上院の議決を求めずに行政協定として処理し、国連安保理の場での議決を求めたことを批判、トランプ政権は米国第一主義の立場から、正式に米議会での承認を得た国家間条約を目指すと強調した(注3)。

 こうしてみると、トランプ政権のイラン戦略の政策目標は、経済制裁による最大限の圧力→12項目要求を実現する直接交渉→条約締結、関係正常化という流れで整理することができる。そこには、対イラン最強硬派と言われるボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も含む要人が再三言及しているように、イラン革命体制のレジームチェンジ、つまり政権強制排除による体制転換を目指す意図は表向きには含まれていない。

 しかし、これら政策目標は、正当性、実現可能性、論理的整合性など多くの面で大きな疑問符が付くことは否めず、一体として綿密に構成された戦略とは言いがたい。

北朝鮮金王朝とは違う革命イラン

 トランプ大統領は、核・ミサイルで米国や日韓両国を恫喝(どうかつ)し続けた北朝鮮に国際制裁による「最大限の圧力」をかけることで、金委員長に米朝首脳会談を提案させ、シンガポールでの「非核化」合意を実現したシナリオを、イラン相手に再現し、同様にロハニ大統領を交渉の場に引きずり出そうと皮算用しているふしがあるように見える。だが、もし本当にそう考えているとすれば、あまりにも楽観的と言わざるを得ない。イラン問題を単純に「北朝鮮化」することは不可能だ。

 まず、制裁の枠組みが全く違う。対北経済制裁が国連安保理決議に立脚し、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験のたびにその体制が法的に強化されてきたのとは違って、米国の対イラン制裁はあくまで一国によるもので、米国が各国に呼びかけるイラン経済制裁を正当化する国連安保理決議も存在しない。核合意成立によってイランの核開発疑惑に関する制裁決議はすべて効力を失っている。本稿冒頭に触れた国連総会でのトランプ氏の孤立ぶりもそこに起因する。

 次に、親米パーレビ王朝をイスラム革命で打倒して成立した独特の出自と統治体制を持つイラン・イスラム共和国は、世襲の金正恩独裁王朝とは根本的に国家構造も政策決定過程も違う。革命指導者ホメイニ師を後継した最高指導者ハメネイ師を頂点とし、行政、司法、立法の三権の府、国軍・革命防衛隊という安保体制を持ち、大統領選などで示される民意も国政に影響力を与えるイランの国家体制は多面的で、イスラム教シーア派の盟主としての立場もある。非核化の見返りに超大国米国のみに体制保証という名の王朝継続承認を求める金体制と、同じアプローチは通用しない。イランとしても、革命体制の堅持は最優先の国是だが、その保証をユダヤ・キリスト教文明の守護者を任じてはばからない米トランプ政権に公式に求めることはあり得ない。革命以来の宿敵米国との直接交渉自体が持つ政治的機微は北朝鮮の比ではない。

 ましてや、イランにとっては、その米国(オバマ前政権)と既に交渉を重大な瑕疵(かし)なく行い終え、正当な国際合意を実現しているわけで、屈辱的な12項目を要求されるままに承諾して、トランプ大統領にひれ伏すことは到底考えられない。さらに、イランが12項目をのんで行動を変えなければ新たな合意は不可能というのがトランプ政権の立場である以上、最終目標の「条約」締結には事実上越えられないハードルが最初から設定されているに等しい。

 トランプ大統領が呼びかけたイラン首脳との会談にしても、唐突で現実味を欠く。仮に、万一、トランプ政権がその言葉通り、ある時点で交渉のためのイランとの対話を何らかの形で実現させたとしよう。だが、その場合想定される、トランプ大統領がロハニ大統領と笑顔で握手する「記念写真」の図を、革命イランを無法者国家として悪魔のようにみなすイスラエルと在米ユダヤロビー、そしてトランプ政権最大の支持勢力で、イスラエル絶対支持の立場からイランを敵視するキリスト教福音派が許すだろうか。単に体制存続のために米国を恫喝した極東の小さな独裁国家の指導者との握手と、米大使館人質事件など革命以来の積年の怨念が絡むイラン首脳との握手を同列に扱うことはできまい。

 だから、トランプ大統領としても、「非核化」約束だけで米国民向けに見せかけの「成功」を演出できた北との首脳会談とは違い、不用意にイランとのトップ会談を行えば、致命的な政治上のダメージを自ら背負い込むことになる。これを避けるには、12項目要求を喜んで受け入れる新生イラン大統領という握手の相手が必要になるが、イランに革命以来の国家的な大変革、それこそレジームチェンジが起きない限り、可能性はゼロに近い。ここから導かれる結論は、新たな米イラン対話は、双方共に事実上、動きがとれない構造が最初から組み込まれているということになろう。

矛盾だらけのトランプ流イラン戦略

 このように、トランプ政権のイラン戦略には根本的な矛盾と欠陥がある。レジームチェンジを否定しながら、実質的には事実上のレジームチェンジをイランの側に要求している。敵対政権への「封じ込め」と「関与」という背反する政策目標を同時に掲げながら突き進む分裂構造を有しているとも言える。イランへの新たな外交関与自体が、トランプ政権が完全否定したオバマ政権のイラン関与と同じ行動を取ることになるという自己矛盾も指摘されよう。結局、トランプ大統領は、イランを悪役の座に引きずり戻し、自らは正義の執行者として、イランをまっとうな国にさせようと強力な制裁で締め上げる姿勢を見せつけることで、11月の中間選挙、20年の再選に向け、福音派の有権者にアピールすることが最大の目的のように見える。事実、ポンペオ長官は12項目要求表明の際、「タイムラインは設定していない」と述べ、対イラン圧力の強化・継続が主眼であることを示唆している。

 こうした矛盾に満ちたトランプ流のイラン封じ込め戦略だが、それでも世界第1位の経済大国で国際金融システムになお絶大な影響力を持つ米国の経済制裁、二次的制裁の発動がイランに与える打撃はやはり大きい。では、イランはこの米国の圧力政策にどう対抗しようとしているのか。

道義的正当性訴え徹底抗戦のイラン

 基本戦略としてはっきりしているのは、核合意をあくまで順守し、国際世論を味方に付けながら、経済制裁を耐え抜く政治闘争だ。トランプ政権への反発から、イラン自身が核合意を破棄し、ウラン濃縮を大規模に再開する瀬戸際戦術を取ることが自殺行為だということは、最高指導者ハメネイ師もロハニ大統領も熟知している。ハメネイ師は米国の制裁再開第1弾が実施された直後の8月13日段階で、「米国とは戦争も交渉もしない」と演説、イラン戦略の基本線を規定した。ロハニ大統領が前述の9月の国連総会演説で、「(米国に対する)イランの主張は、戦争も制裁も脅しもいじめもやめ、法にのっとり、義務を履行する行動をしろということだけだ」と述べたのもこの延長にある。

 イランとしては、核合意擁護派の欧州や中露をはじめ、トルコ、インドなど地域大国の支持をつなぎとめ、結集し、逆にトランプ政権の行動こそ違法であり、むしろ世界で孤立しているのは米国だとの国際世論を作り出したいところで、そのためにも、国際合意である核合意を徹頭徹尾順守していくことが絶対条件だ。そして最終的に、制裁耐久戦を戦い抜き、トランプ政権の退陣、まっとうな米新政権の登場を待つということだろう。

 ただ、イランが打ち出せる経済的な対抗手段は限られており、前述したように、米制裁再開による経済のさらなる悪化は免れまい。イランとしては、連携を表明してくれている主要国との間で、ドル決済によらない取引や原油と物資のバーター取引など、あらゆる選択肢や手段を模索、駆使して、でき得る限り貿易と経済活動、国民生活の維持を図ることになろう。

 その意味で、英独仏中露、欧州連合(EU)が9月24日、国連総会に合わせて閣僚級会合を開き、核合意の堅持を確認するとともに、米国によるイラン経済制裁再開後も、欧州や中露などの企業がイランとの原油などの取引を続けることのできる仕組みとして、特別目的事業体(SPV)の設置で合意したことは、イランにとって大きな意味を持つ。外国企業への米の二次的制裁の影響をどこまで減殺できるか実際の効果は不明だが、米国以外の主要国がイランを支えるための具体的行動を取ったことが、イランの道義的正しさを証明するものだからだ。

 イラン専門家の田中浩一郎・慶応大学大学院教授は、「イランは国際法上も道義的にも正しい立場にあることを非常に大事にする国だ」と指摘。1980年代のイラン・イラク戦争中、フセイン政権のイラクに何度も化学兵器で攻撃されながら、イランが決して化学兵器で報復しなかったことを例に引きながら、「核合意を順守することによる『実利』は経済制裁再開で見えなくなってしまっても、自分たちが核合意を守り、それを欧州や国連、IAEAが認めてくれていることを重視する。経済苦境が深刻化しても、2年程度であれば戦時に準じた統制経済体制への移行など総力を挙げて核合意を堅持するだろう」とイランの立場を解説する。

 問題は、制裁再開による経済悪化の最大の被害者であるイラン国民に現状の困窮をどう納得させられるかだ。ロハニ政権は既に8月、経済閣僚2人が国会での弾劾決議で失職に追い込まれるなど、国民の不満を背景とした保守強硬派の圧力にさらされている。国際的な支持を経済苦境打開への目に見える成果に結びつける必要があり、11月の原油禁輸制裁再開後、その手腕の真価が問われることになる。

「国際秩序」かけて反対する欧州

 ここまで米イラン双方の戦略事情を見てきたが、今回のトランプ米政権の核合意離脱、制裁再開で注目されるのは、イスラエルやサウジアラビアなどイランを敵視する一部の国を除き、世界の主要国の大半が軒並み米国の一方的行動への反対に回り、核合意堅持、イラン支持の姿勢を示したことだ。とりわけ、本来、米国と同盟関係にあるはずの欧州(英仏独、EU)の毅然(きぜん)とした反対行動は特筆に値する。

 欧州は制裁再開第1弾の発動時点から、確固とした態度表明を行った。モゲリーニEU外交安全保障上級代表と英独仏3か国外相は8月6日、米国の制裁再発動を深く遺憾とする共同声明を発表。その中で、「核合意は、IAEAが報告している通り、イランの核平和利用を保証する目標に沿って機能している。グローバルな核不拡散体制を構成する主要素であり、欧州、中東、全世界の安全保障に不可欠」と指摘した上で、「核合意の維持は、国際合意の尊重と国際の安全保障の問題だ」と明記、核合意が、国際合意に基づいて維持されてきた国際秩序の存続に関わる重大問題だとの認識を示した。つまり欧州としては、世界は今、国際秩序を守るのか、それとも、「米国第一主義」の名の下に国際合意や枠組みをことごとくぶち壊すトランプ流アメリカの横暴を許すのか、と、核合意を通じて、正面から問うているのだ。

 この決意を裏付けるように、EUの執行機関・欧州委員会は8月23日、イランに対する1800万ユーロの支援を実施すると発表した。制裁で影響を受けたイラン企業支援などが柱で、総額5000万ユーロのイラン支援策の第1弾だ。支援効果は限定的とみられるが、米国が制裁を科したイランに対し、欧州が、資金援助という真っ向から対抗する措置の実施を表明した意味は重い。

 特に、欧州にとって、イラン核問題は、米国に先駆けて外交の最優先課題として取り組んできた経緯がある。02年に反体制派によって暴露されたイラン核開発疑惑に対し、イランをイラク、北朝鮮と並ぶ「悪の枢軸」として敵視した米ブッシュ政権と異なり、外交的解決を目指す立場から、03年からEU3(英仏独)として交渉を実施。04年にいったんウラン濃縮停止を含むパリ合意が成立したものの、翌05年、保守強硬派のアフマディネジャド大統領の登場でイランがウラン濃縮を再開、軍事危機の懸念も生じる中で、米国と足並みをそろえて対イラン経済制裁を強化し、13年の保守穏健派ロハニ大統領の登場を受け、米国と中露も交えてようやく成立させた核合意には、欧州自身が深く関与した外交成果として、トランプ政権とは比較にならない強い自負がある。

中露も欧州に歩調そろえる

 米国中心ではない多極覇権型構造の世界秩序構築を狙う中国、ロシアにとっても、イラン核合意の堅持は対米戦略上、重要な意義を持ち、イラン支持で欧州と歩調を合わせている。

 中国は、制裁再開で欧州や日本企業が引いたイランとの貿易を維持し、巨大経済圏構想「一帯一路」で重要な位置を占めるイランでの経済プレゼンスの強化・拡大を図る戦略と見られる。とりわけ、トランプ政権に熾烈(しれつ)な関税貿易戦争を仕掛けられている習近平指導部にとって、イランとの関係維持自体が米国との「経済冷戦」を戦う上での牽制(けんせい)カードとなるため、一定量の原油輸入や、イラン貿易専門業者を使うなどした取引を継続するとの見方が強い。ロシアにとっても、イランは、シリア内戦で共にアサド政権を支援してきた重要なパートナーであり、今後のシリア政治プロセスと復興に関する主導権を維持する上でも、イランとの連携・協力を続けるだろう。

 政治体制も国益も異なる欧州と中露が、超大国米国の圧力に抗して、核合意堅持、イラン支援でここまで同一歩調を取る背景には何があるのか。それぞれの思惑や利害を超えて共通するのは、やはり、トランプ米政権が発足以来、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」離脱など、ことごとく国際合意や多国間の枠組みに背を向け、米国一国の利益、そして支持層有権者受けのみを意識した身勝手な行動をとり続けている現状への拒否姿勢だろう。自由貿易をないがしろにし、同盟国、競合国を問わず制裁や関税報復措置を乱発するトランプ流への明確な異議申し立てという側面もあろう。その意味で、イラン核合意ははからずも、世界で強まる一方の反トランプ抵抗潮流を束ねる共通項となった観がある。

トランプ流の影響力を計るバロメーター

 だが、より重大なことは、欧州が訴えるように、核合意の存否は「国際秩序」自体に関わる重要な意味を持つということだ。本来、民主主義、法の支配にのっとった自由世界のリーダーたる米国が、自らが深く関与した合法的な国際合意を破れば、諸国家がルールを守ることによって成立する国際秩序そのものが崩壊するからだ。その時、世界は、例えば中国やロシアの地域覇権国家の強引な行動に対し、毅然とした対応ができるかどうか-。その意味で、日米同盟を外交の基軸とする日本の安倍政権が、イラン核合意支持を表明しているのは妥当な対応と言える。長年、イランとの通商関係を維持してきた日本政府は米政府に対し、輸入原油の約5%にあたるイラン産原油に関し、禁輸制裁の適用除外を要請してきたが認められておらず、日イラン貿易が打撃を被ることは必至だが、日本が、国際合意の尊重という政治原則を堅持する側に立ち続けていることは対米、対イラン外交の中長期的将来という観点から賢明と言える。

 こうした世界の分裂状況の中で、トランプ政権の対イラン全面制裁が11月に再発動を迎える。北朝鮮制裁の時に見られた国際社会の一体感を欠いた米国一国の制裁がどこまで効力を発揮するのか。その行方は、今日の世界で、グローバリズムを拒絶するトランプ流の一国主義が実際にどこまで影響力を持つのかをが計るバロメーターになりそうだ。

注釈

(注1)8月29日付経済誌フォーブス電子版。“Iran’s Oil Exports Plummet 600,000 b/d As U.S. Sanctions Force Key Buyers To Seek Alternatives”

(注2)“Demanding All and Getting Nothing: Secretary Pompeo’s Speech on Iran” by Anthony H. Cordesman, May 21, 2018(https://www.csis.org/analysis/demanding-all-and-getting-nothing-secretary-pompeos-speech-iran)

(注3)オバマ政権が15年の核合意を条約でなく行政協定とした背景には、上院での共和党の反対が強かったこともあるが、ウェンディ・シャーマン元国務次官はフォーリン・アフェアーズ誌2018年9・10月号への寄稿で、「イランが核合意を履行しなかった場合、速やかに制裁を再発動させるために一定の柔軟性を持たせる必要があった。正式な条約にその柔軟性を持たせるのは難しかった」と説明している。

プロフィル
岡本 道郎( おかもと・みちろう
 読売新聞調査研究本部主任研究員。国際部、政治部記者、テヘラン、カイロ、ワシントン各特派員。中東イスラム世界、米国をウォッチしながら、世界と日本について考え続けている。著書に『ブッシュvsフセイン』(中公新書ラクレ)。

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