米中経済戦争に勝者はいるのか

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 米国と中国の経済対立が続き、戦後の世界経済を支えてきた自由貿易体制が大きく揺らいでいる。米国のトランプ大統領は6月29日、大阪市で中国の習近平国家主席と会談し、第4弾の対中関税を当面見送ることにしたが、これはあくまでも「一時休戦」でしかない。米中対立の根底には、経済・軍事両面での覇権争いという抜き差しならぬ構図があるうえ、どちらか先に譲歩した側が国内の政治基盤を危うくしかねないというチキンレースの側面もあり、攻防の長期化は避けられそうにない。

強硬姿勢の本気度は?

 「習国家主席との会談は素晴らしかった。少なくとも当面は中国に対する関税を引き上げない」。米中会談を終えたトランプ氏は同日、主要20か国・地域(G20)首脳会議閉幕後の記者会見で、中国との貿易協議を再開する意義を強調し、米政府が制裁対象とする中国の通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)に米企業が製品を売ることを容認する考えも示した。

 G20の首脳宣言には、「自由、公平、無差別」といった自由貿易の原則が明記された。週明けの株式市場は、トランプ氏の「融和姿勢」を好感し、大幅な株高となった。しかし、トランプ氏は会見で「中国の増強を助けるために米国が損をすることはできない。(合意を)急いではいない」とも述べ、妥協する考えはないと強調した。

 「タリフマン(関税の男)」、「ディール・メーカー」(交渉人)を自称するトランプ氏はどこまで本気なのだろうか。

 トランプ政権が、中国による知的財産権侵害を理由に追加関税を発動したのは2018年夏だった。当時、トランプ氏は「関税は最高だ! 貿易協議で米国を不当に扱ってきた国は、公平な協定を結ぶか、さもなくば関税を食らうことになる」(18年7月24日のツイッター)と中国に揺さぶりをかけた。昨年12月の習氏との首脳会談でも、「私はタリフマンだ。米国の偉大な富を奪おうとした時には、その代償を払わせる。(ディールが)成立しなければ中国製品に大規模な関税を課す」と圧力を強めた。

 19年の前半には一時、関係改善の兆しもあった。

 今年5月初旬にトランプ氏は、「中国との協議は非常にうまくいっている」と発言。市場では貿易摩擦が沈静化するだろうという楽観ムードが広がった。しかし、5月9~10日の米中閣僚級協議が物別れに終わると、米国側は「国有企業に対する補助金や、米国企業が強いられている技術移転などの重要な分野で、中国が事前の約束を破った」として、強硬姿勢に転じた。

 米国は、中国製の日用品や家具など2000億ドル(約22兆円)相当にかけている「第3弾」の追加関税について、10%から25%に引き上げる措置を発動。さらにすべての中国製品を対象にした「第4弾」の制裁関税の手続きに着手した。中国側も「必要な報復措置を取る」と一歩も引かない姿勢を示し、対立が深刻化した。

 「第4弾」には、これまで対象外だったスマートフォンやパソコン、衣類などが幅広く含まれる。もし発動されれば、中国の輸出や生産には手痛い打撃になる。米国が中国から輸入している額は、2018年で約5400億ドルに達し、中国が米国から輸入している額(約1200億ドル)の4倍以上だ。中国が、さらなる報復関税をかけようとしても、対象となる「米国からの輸入品」は限られる。中国にとって、手もとにある駆け引きの“カード”は少ないと言えるだろう。

 自国経済への悪影響も、米国より中国の方が大きいとみられ、報復関税合戦は「米国優勢」の展開に映る。追加関税の25%分についても、トランプ氏は「米国が払っているのは4%分だけで、中国が21%を払っているというリポートがある」とし、米国の消費者への影響は大きくないと説明する。関税を直接払うのは米国の輸入業者だが、売り上げ減を避けたい中国企業は価格を安くせざるを得ないため、実質的には中国側が多くを負担するという理屈だ。

 しかし、輸入品の値上がりが続けば、米国の消費者の痛みにつながる。実際、約400ドルだった中国製の家庭用洗濯機の価格はこの約1年間に1割以上も値上がりしており、さらなる値上げの動きが広がるにつれて米消費者の不満が高まる。「関税を食らわせる」と脅すトランプ氏も、米国民が傷つくような殴り合いはできれば避けたいのが本音だろう。

 トランプ氏は、プロレス興行の経験があり、対決をあおりたてて大衆の心をつかむ手法はプロレス仕込みとも言える。2007年には、人気プロレス団体「WWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)」のビンス・マクマホン会長との間で代理レスラーを戦わせる「億万長者対決」を行い、ビンス氏をののしり、ビンタを浴びせてショーを盛り上げた。WWEのスーパースターとして「殿堂入り」しているトランプ氏は大統領就任後、ビンス氏の妻のリンダ・マクマホン氏を中小企業庁長官に抜てきして関係の深さを示した。

「グローバル・バリュー・チェーン」理解せず

 プロレスは、相手に派手なパンチやキックを見舞って会場を盛り上げるが、致命的な打撃を与えないのが暗黙のルールだ。しかし関税の場合、相手国の経済を攻撃するだけでなく、自国や第三国の経済活動も確実にダメージを受ける。IT(情報技術)革命の進展により、それぞれの工程が切り離され、「グローバル・バリュー・チェーン(全地球的な部品・商品・財・サービスの供給・調達網)」が複雑に形成されているからだ。もはや、一つの国で製品化までの全生産工程が行われて輸出するという時代ではないが、トランプ氏はグローバル・バリュー・チェーンの重要性を理解しようとしない。

 例えば、年間2億台前後の世界出荷台数のうち大半が中国で組み立てられる米アップルのiPhone(アイフォーン)の場合、主要200社のサプライヤー(供給企業)は中国国内だけでなく、台湾や日本、欧州各国など極めて多様で、インテルやテキサス・インスツルメンツ、3Mといった米国企業も含まれている。半導体やセンサー、モーターなどさまざまな国・地域による多数の部品が、中国で組み立てられて「中国製」として輸出されるが、実態は「メイド・イン・ザ・ワールド」と言えるものだ。「第4弾」の制裁関税が発動されれば、これまで対象外だったiPhoneにも25%の関税がかけられる可能性があり、中国以外の幅広い国・地域の生産活動が打撃を受ける。

 米通商代表部(USTR)が6月17日に始めた産業界からの公聴会では、米国企業からも追加関税への批判が相次いだ。「メイド・イン・USA」を売り物に、米国内でスニーカーやスポーツシューズの製造を続けてきたニューバランスでさえ、今回は、これまでの「関税支持」の姿勢から「反対」に転じた。米国で製造している商品も、靴底などの部材は、中国をはじめとした世界的な供給網に支えられているからだ。

言い分譲らず

 米中間の貿易戦争は、トランプ氏が「支持者にアピールできる程度の勝利」で矛を収めるのか、中国を徹底的に打ちのめそうとするのか、予測は難しい。ただ、貿易不均衡の背景にある中国経済の構造的な問題にメスを入れようとしているのは確かだろう。トランプ政権は、中国による独自の国家主導による資本主義体制を敵視し、中国の国有企業に対する補助金などの優遇措置の撤廃を要求して、国内体制にまで干渉する姿勢を鮮明にしつつある。

 中国は6月2日に発表した貿易摩擦に関する白書で、「中国が知的財産権を盗み、技術移転を強要しているという非難には何の根拠もない」と訴えた。貿易協議が暗礁に乗り上げた理由については「米政府が理不尽な注文をつけ、中国の主権にかかわる要求を協定文に書き込むことに固執したからだ」と主張した。

 一方、USTRと米財務省は翌3日に「中国の白書は、貿易交渉の歴史を誤って伝え、非難合戦を繰り広げた」との声明を発表し、中国の姿勢を強く批判した。声明はさらに、「トランプ大統領は、貿易赤字の原因となり、米国の労働者や農家らに深刻な被害をもたらしてきた何十年にも及ぶ中国の不公正な貿易慣行の是正に取り組むと約束している」「何か月もかけて建設的な議論を続けてきたのに、中国がすでに合意した項目で後戻りした」と指摘し、中国の構造的な問題の解決に取り組む決意を示した。

 「米国を再び偉大にする」と繰り返してきたトランプ氏と同様に、習氏も国家主席の就任以来、「中華民族の偉大な復興」を掲げてきた。米国の要求に屈した形で補助金問題などの経済運営の核心に関わる問題を収拾させれば、愛国主義が強まる中国内の世論が反発し、習政権の政治基盤が揺らぎかねない。まさにチキンレースであり、習氏側としても引くに引けない状況にある。

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721808 0 読売クオータリー 2019/08/02 12:42:00 2019/10/31 15:13:43 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/07/20190730-OYT8I50002-T.jpg?type=thumbnail

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