漂流する欧州 深まる分極化

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 5月半ば、ロンドンからの出張で、ドイツのルフトハンザ航空の飛行機に乗った。なにげなく機内誌「ルフトハンザ・マガジン」をパラパラめくるうち、普段は読んだこともない巻頭言にふと目がとまった。そして、仰天した。

 スーツ姿のカールステン・シュポア最高経営責任者(CEO)がかしこまって写る写真とともに、「読者のみなさんへ」と題されたドイツ語、英語の2か国語の文章。それは、5月23~26日に行われる欧州連合(EU)の立法機関、欧州議会選挙を前にした異例のメッセージだった。一部を引用する。

 今月、欧州人は、EUの未来を決める投票に行きます。欧州の精神のもと、現在の国家主義(ナショナリズム)と保護主義の潮流に対抗できるかどうかは、私たちそれぞれが考えを主張し、責任を果たすかどうかにかかっています。

 国際舞台で活動する企業として、ルフトハンザは、開かれた市場、自由、多様性、透明性、民主主義、そして平和を支持します。私たちは、欧州人として、欧州の企業として、こうしたEUの実績から、何十年も恩恵を受けてきました。

 しかし、欧州は変わりました。これからも変わり続けるでしょう。もはや、何ごとも当然視できなくなったようです。この現状には、産業界、政界、メディアにいる私たち全員に責任があります。欧州の精神のもと、団結し、自由で境界のない欧州のために立ち上がる時が来たのです。

 欧州文化の多様性と価値観が、この大陸をかけがえのないものにしています。この多様性を守ることが、私たちの最大の義務です。

 〈中略〉

 「ヨーロッパにイエスと言おう(Say yes to Europe)」が、私たちの取り組みの名前です。すべての欧州の皆さんに、投票権を行使し、欧州に「イエス」と言うよう切にお願いします。

 民間企業がここまで政治的な声明を、だれもが見る機内誌に載せていることに、驚いた。欧州各都市を空路で結ぶルフトハンザには、今やポピュリスト(大衆迎合主義者)の象徴ともいえるイタリアのサルビーニ副首相兼内相や、フランスの極右政党「国民連合」のルペン党首、あるいはその支持者たちも「顧客」として乗るかもしれない。もちろんルフトハンザは、EU離脱を目指す英国にも乗り入れている。日本の航空会社、いや企業では、ほとんど考えられない事態である。

機体にも「Say yes to Europe」

機体に「Say yes to Europe」と大書された独ルフトハンザ機(ルフトハンザ航空提供)
機体に「Say yes to Europe」と大書された独ルフトハンザ機(ルフトハンザ航空提供)

 ルフトハンザ社の広報チームに、反響などを尋ねてみた。まず、このような政治的声明を機内誌に載せたことは「過去にない」という。次いでわかったのは、同社は機内誌どころか、4月末から機体の脇に「Say yes to Europe」と大書し、青いEUの旗を描いた特別仕様の旅客機1機(エアバスA320)も飛ばしていたのだった。

 広報担当者はこう答えた。

 「このキャンペーンの実施を決めたのは、シュポアCEOら社の最高幹部にほかならないが、社員にもお客様にも幅広く支持され、好評を得ている。ツイッターなどソーシャルメディアの反響を見てもよくわかる。機内でも乗務員がお客様の好意的なコメントを聞くことが多い。とにかく選挙の重要性と投票を訴え、欧州の精神のモデルを示したいと考えた」

 しかし、不快に思う乗客もいるのでは?

 「まれに批判する人もいる。予想はしており、その時は私たちの真意をわかってもらうよう対話に努めている」

 長々と紹介したこのルフトハンザ社の動きは、今回の欧州議会選挙の重要な特徴の一つを体現するものだった。

 本稿では、5月に行われた欧州議会選結果の特徴と、英国のEU離脱とポピュリズム(大衆迎合主義)の動きに触れたうえで、欧州政治の今後について考えてみたい。

 全体として今回の選挙では、反EUなどのポピュリズムの台頭に一定のブレーキがかかったと総括できる。しかし、次の任期で懸案の改革が進まなければ、再びポピュリズムは盛り上がる恐れが強い。選挙結果は、従来の「ゆるやかな大連立」を作ってきた中道勢力に対する不信も示しており、改革に向けた意見集約は難航が予想される。今後の帰趨(きすう)は、EUの指導力がどう強化されるかにかかっている。

ゆるやかな「大連立」に影

 欧州議会(定数751)は、任期5年である。選挙はEUに加盟する国ごとに行われ、各国の人口比に合わせて議席が配分され、各議員は国を横断した会派を作って活動する。

 英国も含む28か国で行われた今回の選挙は、親EUの最大会派である中道右派「欧州人民党(EPP)」と、第2会派、中道左派「社会民主進歩同盟(S&D)」の中道2大会派が合計335議席を獲得したが、過半数の376議席を初めて割り込んだ。欧州議会の勢力構図はこれまで、おおむね欧州統合を支持するこの左右双方の中道系でまとまり、ゆるやかな「大連立」が中心となってきたが、これに暗い影が落ちたことになる。

 一方、伸長が予想された右派や、ポピュリズム的な「自国第一」を志向するEU懐疑派も、定数の3割を超す議席(計233)は獲得したものの、全体としては伸び悩んだ。

 今回最大の注目点は、親EU陣営で、既存の中道2大会派ではない新興リベラルの「欧州刷新(Renew Europe)」と、環境対策を訴えた「緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)」の2会派が躍進したことである。

 「欧州刷新」の前身は「欧州自由民主同盟(ALDE)」で、改選前は68議席だったが、これにマクロン仏大統領率いる「共和国前進」議員らが合流し、一気に108議席まで積み上がった。緑の党関係も、52議席から75議席まで伸ばした。

 これにより、親EUは4会派で計518議席となり、全体の3分の2以上を維持することになった。

 むろん、これでEUが結束を取り戻し、安定に向かうとはとても楽観できない。むしろ、親EU陣営内は分極化した。ただ、14年の前回選挙前から欧州でうねっていたポピュリズムの動きには、全体傾向として一定のブレーキがかかったと言える。

親EU派が本格キャンペーンを展開

仏北東部のストラスブールにある欧州議会の議場。欧州連合(EU)の政策や予算、国際条約などの承認・拒否に関する権限を持つ=ロイター
仏北東部のストラスブールにある欧州議会の議場。欧州連合(EU)の政策や予算、国際条約などの承認・拒否に関する権限を持つ=ロイター

 このような結果になった背景について考えてみたい。

 第1に、親EU票が堅調だった理由である。投票率が約50・6%となり、前回に比べて8ポイントも上がったことが挙げられる。欧州議会選の投票率は、1979年の初回選挙が61・8%で過去最高で、あとは低下する一方だったが、今回は、前回14年の42・6%から初めて反転した。

 各種分析や出口調査によると、この投票率アップは、若年層の投票増加が貢献しているという。英国にあっても欧州統合の支持(EU残留支持)傾向が強い若年層が投票に参加したことが、親EU伸長にも影響したようだ。

 第2に、その投票率アップの理由である。専門家が指摘するのは、前回14年選挙で、EU懐疑派が勢力を伸ばしたことと合わせ、16年以降の英国のEU離脱をめぐる動きとその泥沼の混乱ぶりを見たことから、「親EU側が初めて本格的に各地で有権者に働きかけた」(独紙ハンデルスブラット)という。

 英国で16年に行われたEU離脱をめぐる国民投票でも、熱心にキャンペーンを張ったのは離脱派であり、残留派陣営の活動は相対的に生ぬるかった――と、当時の残留運動支持者は振り返る。

 その「働きかけ」の一例が、冒頭で取り上げたルフトハンザ航空の運動だったのである。同社もこのような取り組みは初めて、と説明しているように、親EU側の能動的な訴えは今回の新しい流れだったと言え、投票率の上昇、ひいては親EU支持の広がりにも貢献したようだ。このことは、コインの裏表で、ポピュリズムやEU懐疑派の動きにブレーキをかける結果となった。

 選挙直後の5月28日、EUのトゥスク大統領が記者会見で、「英国のEU離脱が反EUのプロパガンダ(政治宣伝)や偽ニュースに対するワクチンになった」と述べたのも、英国の離脱問題が加盟国の有権者に与えた影響を感じ取ったからだろう。

 選挙の少し前に、海洋汚染を引き起こすプラスチックごみ(廃プラ)や地球温暖化など、環境問題に対する関心が急激に高まったことも、若年層の投票率アップに大きく資した。

 第3に、既存の中道勢力が退潮を見せた理由である。これは、EU改革の停滞や英EU離脱の混乱などに対して有権者が不満を募らせ、「変化」を求めた結果との指摘がある。親EUではあるが、新興リベラルの「欧州刷新」が伸長したことはその証左だろう。環境派の躍進も、「欧州統合以外のテーマを有権者が求めた結果ではないか」と英BBCは指摘した。

 つまり、今回の選挙結果は、「EU懐疑」でもなく、「既存の中道」でもない「新興の親EU」が票の受け皿になったもの、と言えそうだ。ただ、「ゆるやかな大連立」が率いてきた親EU勢力が多極化することで、今後、合意形成が難しくなることが予想される。

根を張るポピュリズム政党

パリで、欧州議会選挙の開票結果に満面の笑みを見せる仏極右政党「国民連合」のルペン氏(5月26日、ロイター)
パリで、欧州議会選挙の開票結果に満面の笑みを見せる仏極右政党「国民連合」のルペン氏(5月26日、ロイター)

 今回、ポピュリズムや右翼政党の伸長に、全体としては歯止めがかかった。しかし、国別に見れば、得票率で第1党の座を得た国もなお少なくない。

 主要国のフランスでは、マクロン大統領の与党「共和国前進」と、ルペン氏率いる極右「国民連合」が第1党の座を激しく争った結果、「国民連合」が制した。

 経済停滞に悩むイタリアでも、昨年政権入りした極右「同盟」が圧勝。財政問題などをめぐるEUとの対立をアピールする戦術が功を奏した。

 そして、英国でも、EUからの「合意なき離脱」も辞さない「EU離脱党」が圧倒的な強さで第1党となった。「EU離脱党」は、前回の欧州議会選で右派「英国独立党(UKIP)」を第1党に導いたナイジェル・ファラージ氏が党首で、英国の2大政党である保守党と労働党を大幅に上回る得票率30・74%を勝ち取った。保守、労働両党はそれぞれ、8・84%、13・72%で、惨敗だった。

 このほか、ハンガリーやポーランドでも、右翼政党が第1党を制した。

 こうしたポピュリズム政党が廃れない背景には、欧州議会選挙が比例代表制を採用していることが影響している。

 例えば、単純小選挙区制の英国の下院選挙と比べてみる。15年の選挙で、UKIPは全国で計388万票を獲得したにもかかわらず、結局1議席しか獲得できなかった。選挙区ごとに他党に負けたためで、得票はほとんどが死に票になった。これに対し、比例代表制では、有権者の票が直接、党の議席数に反映される。ポピュリズム政党が伸びやすい環境がある。

 裏返せば、欧州議会そのものにそれほど政治権力が付与されていないにもかかわらず、その選挙結果が重視されるのは、選挙時の各党支持率がはっきりわかるためであろう。

生き残るルペン氏ら

伊ミラノで、欧州議会選の決起集会に臨むイタリアのサルビーニ副首相兼内相(5月18日、ロイター)
伊ミラノで、欧州議会選の決起集会に臨むイタリアのサルビーニ副首相兼内相(5月18日、ロイター)

 もう1点、ポピュリズム勢力が一定水準を維持している背景には、彼らが自らの主張を微妙に修正していることが挙げられる。

 フランスのルペン氏は17年春の大統領選で展開した反EU姿勢を、選挙後の10月に一転させ、「フランス人の生活は、欧州単一通貨ユーロを離脱しなくても改善できる」と述べた。EUにとどまったまま、「内部から改革する」方針に転換したものだ。

 イタリアのサルビーニ氏も「コモンセンス欧州」といったスローガンを打ち出し始めており、欧州統合そのものを全面否定しなくなっている。

 サルビーニ氏の動きは、公に居場所を得た欧州議会などを足場に、EUを中から変える主張を展開することを狙っているためとみられる。こうした路線変更が、過激化を嫌う有権者にアピールしている、との指摘がある。

 欧州で昨今、ポピュリズムが勢力を得た源泉は、各国内やEU域内で生まれている経済格差である。この格差は容易には解消されず、仮にユーロ圏改革などを経ても即効性は望めないだろう。難民・移民問題の処理と合わせ、火だねは残ったままだ。

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721867 0 読売クオータリー 2019/08/02 12:43:00 2019/10/31 15:17:36 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/07/20190730-OYT8I50011-T.jpg?type=thumbnail

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