金融政策の限界と財政出動の副作用

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調査研究本部主任研究員 黒川茂樹

 米中貿易戦争で世界経済の先行きに不透明感が広がる中、消費税率が10%に引き上げられた。米国や欧州の中央銀行は金融緩和に(かじ)を切り、日本銀行による追加緩和の観測も出ている。しかし、異次元の緩和を続けてきた日銀はすでに手詰まりになりつつあり、今後、景気の先行きによっては、政府の経済対策への期待が高まるだろう。ただ、歳出拡大に歯止めがかからなくなれば、財政再建が遠のくばかりか、経済にも深刻な副作用を与える恐れがある。日本の金融政策と財政運営はどこに向かうのか。

米国、欧州の中央銀行は金融緩和

 これまで米国と欧州の中央銀行は、利上げなどを通じて金融政策の正常化を図ってきたが、米中貿易戦争の影響で世界経済の減速が鮮明になる中、再び金融緩和に動いている。

 米連邦準備制度理事会(FRB)は9月18日、0・25%の利下げを決め、パウエル議長は「景気が悪化すれば、さらなる利下げもあり得る」との認識を示した。FRBは7月の会合で、約10年半ぶりに利下げに踏み切ったばかりだった。今回の追加利下げで、政策金利の誘導目標となるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標は年1・75~2%となったが、それでも金融緩和が不十分だと考えるトランプ大統領のFRB攻撃は止まらない。

 「パウエル議長とFRBはまた失敗した。ガッツも、センスも、ビジョンもない!」。トランプ氏は今回の利下げ直後、自身のツイッターで厳しく批判した。

 米国経済は、緩やかな回復傾向が続いており、雇用も堅調だ。トランプ氏にとっては、FRBが大胆な金融緩和をすればするほど、米国の生産活動や消費活動が活発になり、中国に対する貿易戦争を思うままに進める余地が広がる。利下げによって株価が上昇すれば、2020年の大統領選での再選に向けても有利に働く。そうした思惑からトランプ氏は「少なくとも1%の利下げと量的緩和」を求めていたため、FRBの決定には不満を募らせる。

 英国の欧州連合(EU)離脱問題で揺れる欧州でも、欧州中央銀行(ECB)が9月12日、約3年半ぶりに金融緩和に転じ、市場から国債などを大量に買い取る量的緩和の再開と、民間銀行からお金を預かる際の金利をマイナス0・4%から過去最低のマイナス0・5%とする「マイナス金利の引き下げ」を決めた。

日銀の異次元緩和に手詰まり感

「2%」「2倍」などのキーワードを使って異次元緩和を説明する日銀の黒田総裁(2013年4月撮影)。当時は自信満々だったが、思うような効果が上がっていない
「2%」「2倍」などのキーワードを使って異次元緩和を説明する日銀の黒田総裁(2013年4月撮影)。当時は自信満々だったが、思うような効果が上がっていない

 一方、日銀は9月19日、短期金利をマイナス0・1%、長期金利を0%程度に操作する大規模な金融緩和策を維持した。黒田東彦(はるひこ)総裁は記者会見で、「前回7月の会合よりも金融緩和に前向きかと聞かれればその通りだ。日銀には金融緩和の余地が十分にあると思っている」と述べ、“ファイティング・ポーズ”をとってみせた。しかし実際には、日銀に残されたカードはそれほど多くない。

 黒田氏が総裁に就任し、デフレからの脱却を図って異次元の緩和をスタートしたのは13年春。「2年程度で2%の物価上昇率を実現するため、世の中に出回るマネーの量を2倍に増やす」と宣言し、市場に驚きをもたらした。当初は、円安と株高が進んで大きな効果があったが、6年以上にわたって、市場に大量のマネーを供給し続けても物価上昇率2%の目標達成には遠く、日本経済は力強さを取り戻すことができていない。16年2月には、金融機関が日銀に預ける日銀当座預金の一部にマイナス0・1%の金利をつけるマイナス金利政策を始めたものの、金融機関や年金基金の収益に悪影響を及ぼす副作用が大きく、評判は芳しくない。

 国債などを大量に買い続けた結果、日銀の総資産は、緩和前の3倍以上の570兆円に膨らみ、名目国内総生産(GDP)約550兆円を上回った。GDPの2割弱にとどめるFRBと比べ、日銀の保有資産の膨張ぶりは際立つ。

 米国や欧州の利下げが続けば、ドルやユーロで運用した際の金利差から、円が買われやすくなって円高が進む可能性もある。世界経済の減速という逆風の中で消費増税が行われたことによって、日本経済の先行き懸念が強まる恐れもある。日銀は、どのタイミングでいかに効果的にカードを切るかが問われている。

5年前よりも反動は小さく

消費増税前の駆け込み需要で、車の行列ができたガソリンスタンド(9月29日午前、東京・世田谷区で)=立石紀和撮影
消費増税前の駆け込み需要で、車の行列ができたガソリンスタンド(9月29日午前、東京・世田谷区で)=立石紀和撮影

 では今回の消費増税は実際、どの程度、日本経済に負の影響を与えるのだろうか。増税に伴う家計の実質的な負担増は2兆円程度で、5%から8%に引き上げた前回増税時(2014年4月、8兆円の負担増)の4分の1にとどまる。

 消費増税は1%あたり2・87兆円の負担増になり、2%の引き上げとなった今回は5・7兆円になる計算だが、酒類と外食を除く飲食料品などの税率を据え置く軽減税率や教育無償化などを講じているから、重みは相当緩和されたと言える。

 さらに、キャッシュレス決済を対象にしたポイント還元(最大5%分)や、低所得者・子育て世帯向けのプレミアム付き商品券(25%分を国が補助)、防災・減災対策(計1・3兆円)などで計2・3兆円の経済対策を行うため、政府としては、差し引きで増税分を帳消しにするほどの「大盤振る舞い」となった。

 例えば、中小店舗で洋服をキャッシュレスで買った場合、本体価格の5%に相当する金額をポイントとして付与されるため、消費税10%を支払っても実質的な税負担は5%となり、かえって増税前(8%の負担)より得になる。ネット通販でも、中小企業者の出品に対しては購入と同時に5%分を割り引く動きが広がり、値引きの恩恵で消費の落ち込みは小さく、回復も早くなるとの見方がある。

 前回の増税時にも政府は、低所得層への現金給付などを柱にした約5・5兆円の経済対策を行った。だが、個人消費は予想以上に大きな落ち込みを記録した。GDP統計でみると、実質の個人消費は、増税前の駆け込み需要があった14年1~3月期の前期比年率8・1%増から、増税直後の4~6月期には同17・7%減となり、その後も低迷した。

大盤振る舞いせざるを得ない事情

 政府・与党にとっては、今回の消費増税をなんとしても「成功事例」にしたかったという事情がある。

 政治的にみれば、消費税の歴史はまさに苦難の連続だ。

 大平内閣が1978年、石油危機をきっかけにした深刻な税収不足を補うため、「一般消費税」の導入を掲げた。だが、経済界や国民から猛反発を受けて撤回せざるを得なくなり、79年衆院選での自民党大敗につながった。その後も、中曽根内閣が87年に国会に提出した売上税法案は、野党の反対で廃案となる憂き目を見る。続く竹下内閣がようやく89年4月に3%の消費税の導入を果たしたものの、リクルート事件もあってその3か月後の参院選で自民党は大敗した。橋本内閣の97年4月には、税率が5%に引き上げられたが、直後に金融危機に襲われ、翌年の参院選で大敗。内閣は退陣に追い込まれた。

 前回2014年4月に行われた8%への税率アップは、民主党政権下の12年に当時の民主、自民、公明3党が合意した「社会保障と税の一体改革」に基づいて、政権に返り咲いた安倍内閣が断行したものだ。ただ、前述したように景気の落ち込みは予想以上のものだった。この時の教訓を踏まえ、10%への増税は2度にわたって先送りされ、今回3度目のタイミングで実現した。

 今回ようやく消費増税を成し遂げたものの、日本の財政運営はなお綱渡りの状況にある。アベノミクス効果で税収が伸びたとはいえ、19年度予算でも歳入の3分の1は借金(国債の発行)に依存している。国と地方の借金残高は計1100兆円に上り、債務残高のGDP比は約235%と、先進国で最悪だ。政府は、25年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス=PB)を黒字化する目標を掲げているが、今回の増税による税収効果を織り込み、さらに経済成長が実現したケースでも、現時点での見通しで25年度にはなお2・3兆円の赤字が残る―としている。

 この試算でさえ、23年度以降に名目で3%を超える経済成長率が続き、18年度で60兆円程度だった税収が70兆円、さらに80兆円を超えて伸びていくという、極めて甘い見通しに基づくものだ。しかも、名目長期金利は、22年度までは日本銀行の大規模な金融緩和によって0%となり、国債の発行コストが抑えられるという想定だ。

 2度にわたって消費増税を行った安倍首相自身は、9月の内閣改造などの機会に、「今後10年くらいは消費税率を10%超にする必要はない」との見解を示している。一方で、国の財政状況を憂える経済界の危機感は強い。

 「日本は14~17%への消費税率の引き上げが必要だ」とする提言を発表している経済同友会はその筆頭格だ。今年の夏季セミナーでは、同友会の財政健全化委員長を務める佐藤義雄・住友生命保険会長が「政府の経済見通しが楽観的で(日本全体に)『今さえ良ければ』という風潮が広がり、ゆでガエル精神が蔓延(まんえん)している」と厳しく批判する姿があった。参加した経営者らは、負担を先送りして次世代の選択肢を奪っていることに懸念を表明し、現状の変革に対する問題意識で一致。こうした議論を受けて同友会は9月、「借金で穴埋めし続け、日本は世界一の借金大国」「『今さえよければ』はやめようよ」などと若い世代に訴えるイラスト集をホームページで公開し、財政健全化のキャンペーンを展開している。

 しかし、世界的に財政拡大を求める声が強まる中で財政健全化への理解を広げていくのは容易ではない。現実問題として、先に紹介した同友会の夏季セミナーの議論でも、日本を代表する有力な経済人から次のような発言が飛び出す場面もあった。

 「EUが財政を拡張し、米国でもMMT(Modern Money Theory=現代貨幣理論)という声がある中で、日本は財政健全化に対する国民の賛同をどう得ていくか……」(新浪剛史・サントリーホールディングス社長)

 MMT―米国や日本のように独自の通貨を持つ国は、通貨を発行して国債(国の借金)の返済に充てることができるため、急激なインフレにならない限り、財政赤字が増えても財政破綻にならないとする理論だ。

 「いくら借金しても問題ない、財政支出をもっと増やそう、財政赤字など気にするな」というバラ色のような経済理論には、異端視する批判が強いものの、米国などの一部では支持が広がりつつある。

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881927 0 読売クオータリー 2019/11/05 14:00:00 2019/11/05 14:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191017-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail

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