年金 制度と給付を守るには

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調査研究本部主任研究員 林真奈美

 年金制度の定期健診にあたる5年に1度の「財政検証」の結果が8月末に公表された。現行制度のままなら、将来の年金の給付水準は、今より2割程度低下する見通しだ。社会保障・税一体改革による消費増税で全国民共通の基礎年金の安定化が図られたものの、少子高齢化を受けて、なお先行きは厳しい。

 一方で、いくつかの制度改正を想定した「オプション(選択肢)試算」では、将来水準を相当に改善し得ることが示された。これらは、いわば健診結果から導かれた処方箋だ。では、年金は将来にわたって健康状態を保てるのか? どうすれば、少しでも将来の給付水準を引き上げることができるのか? 財政検証結果を読み解きながら考えるとともに、年内にもまとめられる次期制度改正の課題を展望した。

年金制度は破綻しないけれど…

 少子高齢化が進行する中、手厚い年金給付を続けていては制度が維持できないし、給付を削り過ぎれば老後の生活が成り立たない。「制度の持続可能性」と「給付の十分性」という相反する二つの課題をいかに両立させるか。公的年金制度を巡り、先進諸国が頭を悩ませる共通のテーマである。

 日本では2004年の制度改正で、少子高齢化の進み具合に応じて給付水準を徐々に引き下げる「マクロ経済スライド」が導入され、年金制度の持続可能性は格段に高まった。超高齢化と人口減は40年にかけて加速化するのに、年金給付の対国内総生産(GDP)比は今後むしろ低下する。給付が野放図に増えて日本経済の負担の限界を超える――という恐れはない。だが、裏を返せば、これを分け合う一人一人の給付の十分性が危ぶまれる格好だ。

 ここで今一度、04年の改正で形作られた年金財政のフレームワークを確認しておこう。保険料固定方式とマクロ経済スライドがキーワードになる。

 この枠組みは、現役世代が支払う保険料を一定水準で固定し、およそ100年先までの収入を見通した上で、その範囲内に支出が収まるよう給付水準を調整する。要するに、現役世代が負担できる範囲に給付を抑制していく方式だ。それまでは、給付水準は変えずに保険料の方を見直す方式だったため、社会の高齢化とともに保険料が上がり続け、国民の間に危機感が募った。そこで、財政フレームの大転換に至ったわけだ。

 ただ、保険料固定方式のもとでは、平均余命が伸びたり、保険料を払う現役世代が減ったりすれば、収支のバランスが崩れる。マクロ経済スライドは、それらに応じて給付水準を調整する仕組みで、いわば年金財政の自動安定化装置だ。

 長期的な収支が自動的に均衡するので、制度は安定する。いまだに「年金破綻」を喧伝(けんでん)する向きもあるが、そうした事態はもはや起きない。ただ、少子高齢化がさらに進めば、給付水準は下がり続ける。制度が維持できても、年金の名に値しない水準にまで給付額が落ち込めば、公的年金というシステムそのものが存在意義を問われよう。従って、今後の年金制度の焦点は、基本設計を変えるような大改革ではなく、社会経済の変化に対応しながら、〈将来の給付水準の維持・確保〉を目指すものになる。だからこそ、定期的な財政検証で100年先までの収支を見通して、課題を早期に認識し、対策を検討する必要があるのだ。

「オプション試算」が示す処方箋

 では、今回の財政検証から浮かび上がる年金の未来図とは、どのようなものか。

 給付水準を示す指標には、「世帯で受け取る年金額は、その時点における現役世代(男性)の平均収入の何%にあたるか」を示す「所得代替率」が用いられる。モデル世帯は、平均的なサラリーマンだった夫と専業主婦の妻という夫婦2人世帯。19年度の所得代替率は61・7%だ。

 今回の財政検証では、将来的な人口構造や経済動向によって六つのケースを想定した。

 そのうち、経済成長と女性や高齢者の労働参加が進む標準的な「ケース3」(29年度以降の実質経済成長率を0・4%と想定)では、47年度に所得代替率は50・8%で下げ止まる。政府が法律の付則で定めた所得代替率の最低ラインである「50%超」は確保するものの、実質的に今の給付水準より2割程度の目減りが生じる。

 さらに、経済成長が停滞するケースでは、年金の給付水準が下げ止まる時期が遅れ、最も低いケースでは所得代替率が40%を切る。「50%」を下回れば年金制度が崩壊するというわけではないが、将来世代の老後の所得保障機能が弱まるのは間違いない。

 厚生年金に比べ、基礎年金の水準低下が著しいことも示された。今も満額で月6・5万円にすぎないが、今後も経済成長が進むと仮定したケースでも実質価値は3割近く下がる。今の感覚で言えば月4万数千円だ。定年がなく生涯働ける自営業の人たちはまだしも、厚生年金に加入できず、就業年限も定められてしまう非正規労働者の老後は、相当につらいものになると推測される。

 もっとも、財政検証の本体部分は、あくまで現行制度に手を加えずに放置した場合の未来図だ。好ましくない診断結果であれば、治療や予防に取り組み、改善に努めるのが当然だろう。本体部分だけを見て、将来不安や年金不信をあおる論評は適切ではない。

 注目すべきは、いくつかの改革を想定した「オプション試算」の方だ。今回の診断を受けて、何をすれば、どれだけ年金の給付水準を改善させる効果があるか――が明示されている。課題解決のための答案集といっていい。

厚生年金の適用拡大が最重要課題

 今回試算のオプションAに位置づけられたのは、厚生年金のさらなる適用拡大だ。

 厚生年金は、パートなど非正規労働者の多くを加入の対象外としている。こうした人たちの老後は基礎年金しか頼みの綱がなく、その給付水準も前述のように将来的に大きく目減りする。しかも現役時代の収入が低くて保険料の減免や未納の期間があれば、年金の給付額はさらに減額されてしまう。

 だが、今や非正規雇用は労働者の4割近くにまで増え、家計の担い手にも広がっている。特に、バブル崩壊後の経済低迷期に社会へ出た就職氷河期世代には、40歳代を迎える今も非正規の職にとどまる人が少なくない。彼らが老後の備えも乏しいまま年齢を重ねれば、いずれ貧困高齢者が続出しかねない。

 厚生年金の適用拡大は、非正規労働者の年金を充実させ、将来の貧困リスクを大幅に軽減する。社会全体で正社員との待遇格差が問題になる中、それを是正する上でも重要だ。今の時機を逃せば、就職氷河期世代は厚生年金の十分な加入期間を持てず、その防貧効果も限られる。次期の制度改正が最後のチャンスであり、最重要課題として取り組むべきだ。

 厚生年金の加入者をより広い層へ拡大する施策は、個々の非正規労働者の年金を充実させるだけでなく、全体の給付水準も改善させる。非正規労働者が自営業者らと同じ国民年金グループから厚生年金グループに移ることで、国民年金の財政状況が改善され、それによって将来の基礎年金の給付水準が高まる。さらには厚生年金を含めた全体の水準もアップする。基礎年金の給付水準低下が問題視されているだけに、大きな意義がある。

 ここでもう一度、経済成長と女性や高齢者の労働参加が進むことを想定した標準的な「ケース3」を振り返ってみよう。前述したように、このケースでも年金の所得代替率は47年度に50・8%にまで低下してしまうが、仮に厚生年金の加入者を125万人拡大すれば、全体の所得代替率は51・4%に改善し、325万人の拡大で51・9%まで上昇する。一定以上の所得がある人すべてを厚生年金加入の対象とする「1050万人拡大」では55・7%に上がる。影響は小さくない。

 雇用をゆがめているという点でも、非正規労働者を厚生年金から排除する今の形は問題だ。厚生年金の保険料は、労使折半で負担するため、「正社員より非正規を雇う方がお得ですよ」と国が企業に耳打ちしているに等しい。まさにこのことが、非正規雇用の増加要因になったとの批判もある。働き方に中立な制度とすることで、意欲ある人が活躍できるようにするのは、社会的な要請でもある。

 ただし、実現へのハードルは高い。04年の制度改正時をはじめ、厚生労働省は幾度か厚生年金の適用拡大を目指した。だが、パート比率の高い外食や小売業界が保険料の負担増を嫌って猛反対し、頓挫してきた経緯がある。12年の改正で一部拡大が実現したが(施行は16年10月から)、月収や企業規模などに条件がつき、新規の適用者は40万人にとどまる。今回も激しい抵抗があることは必至だ。

 そうした状況にあっても、優先的に実施すべきは、厚生年金の加入対象における企業規模要件(従業員501人以上)の廃止だろう。働き手にとって、同じ業務でも勤務先によって適用状況が変わるのは不合理だ。人手不足を背景に、パートの処遇改善や積極雇用に取り組む中小企業も増えている。厚生年金の適用拡大で、企業は「安価な労働力」に依存せず、保険料負担に耐え得るビジネスモデルへの転換を迫られる。結果的に政府の成長戦略にも合致するのではないか。

長く働き、受給を遅らせる

 オプションBは、できるだけ長く働き、年金の受給開始時期を遅らせて給付を増やす方策だ。保険料の納付期間延長や受給開始時期の選択幅の拡大などの制度改正を組み合わせた効果を検証した。

 方策1は、保険料納付期間の延長である。基礎年金については、「60歳まで40年間」の加入義務を「65歳までの45年間」にする。厚生年金は加入可能な期間を現行の70歳までから75歳までにする。

 方策2は、受給開始を遅らせると年金が増額される「繰り下げ受給」の拡充だ。通常65歳からの受給開始を1年遅らせると給付額は8・4%増額され、上限の70歳まで遅らせると42%増になる。年金加入者が個々に選択できる極めて効果の高い給付改善策だ。国としてこの仕組みを社会に広く推奨するとともに、上限を75歳まで引き上げる改正を行う。

 方策3は、就労していると賃金に応じて年金がカットされてしまう「在職老齢年金」の廃止または縮小だ。かねて高齢者の就労意欲を損なうと指摘されていた措置の見直しは、政府の「骨太の方針」にも掲げられている。

 では、1~3と就労期間の延長を組み合わせると、どうなるか。

 基礎年金の加入義務を65歳までにして(1)、働く期間も同様に延長すると、標準的な「ケース3」で50・8%にまで低下するはずだった所得代替率は、6・8ポイント上がって57・6%になる。

 現行制度のままでも、70歳まで働いて、そこから年金の受給を開始すると、所得代替率は76・1%まで上がり、今年度の新規受給者の水準を15ポイント近く上回る。繰り下げ受給の上限を75歳までにして(2)、そこまで働いてから受給開始すれば、何と95・2%だ。繰り下げの効果がいかに大きいかがわかる。

 方策1~3を全部組み合わせると、70歳まで働いて受給開始する場合の所得代替率は84・7%に、75歳までだと111・9%までそれぞれアップする。すべて実現できれば、老後はかなり安心だろう。

 課題は、増える基礎年金分の財源確保だ。労使折半の厚生年金に対して、基礎年金は半分が税金なので、加入義務期間の延長で年金額を増やすには、将来的に毎年最大1・2兆円の税財源が必要と試算されている。

 もっとも、それは40年以上も先の話だ。安倍首相は日本記者クラブで7月に行われた参院選の党首討論で、「今後10年間くらいは(消費増税は)必要ないと私は思っている」と宣言したが、それでも十分間に合いそうだ。基礎年金の財源問題は、次の消費増税での実現を目指して、議論を進めるべきだろう。それまでのつなぎとして、年金積立金を利用するのも一案だ。

 年金は、若者たちにとっても大きな問題だ。では、若い世代は何歳まで働けば、給付水準の低下をカバーして、今と同程度にできるのだろうか。試算はその疑問にも答えている。

 現在20歳の人なら、基礎年金の納付延長などの制度改正が実現しなくても、66歳9か月まで働けばいい。制度の手直しが実現した場合は、65歳10か月までだ。現在40歳の人なら、同じく66歳7か月または65歳8か月。それなりの年金額を確保してリタイアできる時期は、思いのほか早い気がするが、いかがだろう。

 このように、年金制度の定期健診にあたる財政検証を縦横に読み解くと、年金制度に対する信頼につながる有益なデータを得ることができる。こうした情報を正確に理解すれば、将来の不安や年金不信も、ある程度は軽減されよう。スウェーデンでは、年金財政の報告書「オレンジリポート」で、世代ごとに給付水準を維持するために必要な退職年齢などを国民に伝えている。日本の「ねんきん定期便」などにも取り入れてはどうだろうか。

「人生100年時代」をどう生きるか

 オプション試算に描かれた未来図は、決して暗くはない。将来の給付水準は確定されたものではなく、今後の政策次第で変えられるのだ。

 日本人の寿命は延び、健康な期間も長くなっている。日本老年学会と日本老年医学会は2017年、高齢者の定義を「65歳以上」から「75歳以上」に引き上げるよう提言した。身体・知的能力や健康状態が、ここ10~20年間に5~10歳若返ったという。

 寿命が延びた分、就労期間を延ばさなければ、個人でも社会全体でも収支のバランスが取れない。「平均寿命の延びのおおむね3分の2は、就労に充てる必要がある」とスウェーデンのオレンジリポートは指摘している。

 「人生100年時代」の老後の所得保障には、雇用と年金をセットにした制度設計が欠かせない。期間が長くなった老後をすべて年金に頼って暮らすのは無理がある。社会全体の収支バランスを考えても不健全だ。高齢者の就労機会を増やす雇用政策と併せて、より長く働くことがメリットになるように年金制度の仕組みを工夫したい。

 誰もが、できるだけ長く働ける社会を作る。それは、年金のためだけでなく、労働力不足が懸念される日本の経済・社会にとって不可欠なことだ。年金制度が抱える問題は社会の反映であって、年金だけで解決できることは少ない。同様に、出生率を上げ、将来の支え手を増やす取り組みも、さらに加速させねばならない。

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881942 0 読売クオータリー 2019/11/05 14:00:00 2019/11/05 14:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191018-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

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