脱炭素社会にどう向き合うか

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調査研究本部主任研究員 黒川茂樹

 2020年、国際的な地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」は実施段階を迎えた。昨年末の気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)では各国の対立が鮮明化する中、省エネで世界をリードしてきた日本が各方面から環境対策の遅れを批判される思わぬ事態にも直面した。地球環境問題を巡る19年の国際的な潮流を振り返りながら、温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする「脱炭素社会」を目指す動きが加速している動きを見つめ、同じ目標に向けた日本の現状と課題を考察した。

世界各地で異常気象相次ぐ

 2019年、世界は地球温暖化の影響とみられる異常気象に見舞われた。パリで42・6度を記録した欧州の熱波、インドの大雨、豪州の干ばつなどが起こり、日本列島も大型で猛烈な台風15号、19号に相次いで襲われた。気象庁によると、最近10年間の豪雨の平均年間発生回数(1時間降水量50ミリ以上)は、約30年前に比べ、1・4倍に増えている。毎年のように異常気象や大災害が世界的に頻発する図式はもはや当たり前の風景になりつつある。

 国連環境計画(UNEP)は11月、18年の世界の温室効果ガスの排出量が二酸化炭素(CO2)に換算して過去最大の553億トンに上ったとの報告書を公表。排出量は年平均1・5%ずつ増え続けている。これに対してパリ協定は、産業革命前(18世紀)から今世紀末までの気温上昇を「2度を十分に下回り、1・5度に抑える努力をする」とする目標を設定しているが、各国が自主的に設定した対策をとった場合でも、気温上昇は3・2度に達し、破壊的な影響が生じる可能性があると警告した。

 気候変動の脅威が顕在化する中で、COP25で焦点となったのは、対策を強化して削減目標の引き上げなどに踏み切れるかどうかだった。

 しかし、各国の足並みは最後までそろわなかった。欧州連合(EU)は、水没の危機が迫る太平洋の島しょ国などとともに、各国に削減目標の引き上げを強く求めた。これに対し、温室効果ガス排出量が世界1位の中国と、20年秋にパリ協定から脱退することを国連に通告した米国などが対策強化で応じる姿勢を見せず、協議は難航。会期を2日間延長してやっと、各国に温暖化対策の強化を求める文書を採択したものの、削減目標の強化は義務づけられず、各国の判断に委ねられることになった。先進国が他国に対して温室効果ガスの削減を支援した場合のルール作りも合意できず、20年に英グラスゴーで開かれるCOP26に先送りされた。国連のグテレス事務総長は「今回の結果に失望している。だが我々はあきらめてはいけない」と振り返った。

日本に風当たり強まる

COP25で演説する小泉環境相(2019年12月11日、マドリードで)
COP25で演説する小泉環境相(2019年12月11日、マドリードで)

 難航の末に、削減目標の強化を義務づけられずに閉幕したCOP25は、日本が風当たりの強さを感じる会合ともなった。石炭火力の使用を巡る批判である。グテレス氏は「世界のいくつかの地域は、石炭火力を続け、多くの建設計画がある。石炭中毒はやめるべきだ」と厳しく指摘。欧州各国が石炭火力の廃止を掲げているのに対し、日本は約100基が稼働中で、約20基の新設計画もある。

 小泉環境相はCOP25での演説で、「批判を真摯(しんし)に受け止めつつも、日本は脱炭素化に向けたアクションをとり続けているし、結果も出していく」と訴えたものの、石炭火力の政策見直しには踏み込まなかった。

 こうした日本の姿勢をみて、国際的な環境民間活動団体(NGO)からは、温暖化対策に後ろ向きだとして「化石賞」を贈られた。ただ、現実的にみれば、資源に乏しい日本は石炭を含む火力発電に頼らざるを得ない事情がある。

 17年の日本の発電量の割合は、天然ガスの39%に続き、石炭が35%を占め、再生可能エネルギー(水力含む)は16%、原子力発電は3%にとどまる。30年には、二酸化炭素を出さない再エネと原子力を合わせて、電力の半分近くを賄う目標を掲げるが、東京電力福島第一原発事故後、原発の再稼働は大幅に遅れている。

再エネ増には課題多く

 再エネは、天候によって発電量が不安定になるなどの弱点がある。政府のエネルギー白書によると、再エネを後押しする12年の固定価格買い取り制度開始後、再エネは発電量を伸ばしており、16年には1600億キロ・ワット時と、ドイツ(1900億キロ・ワット時)に迫る水準になった。しかし、1億2000万人余りの人口を抱える日本の電力需要は年1兆キロ・ワット時と大きく、再エネ比率は上げにくい。ドイツは現在30%の再エネ比率を30年に65%に高める目標を掲げるが、日本は「30年に22~24%」の目標すら相当ハードルが高い。

 再エネ普及のための国民負担は19年度で年2・4兆円(電気料金に上乗せする賦課金の総額)に上っており、家庭の電気料金も1割程度上がっている。再エネを増やすには、太陽光や風力の発電設備をつくるだけでなく、不安定な発電に対応した高度な電力網への投資も必要だが、こちらはほとんど進んでおらず、「地球温暖化対策に逆行しかねない危機的な状況」(経団連)にある。島国の日本が、送電網が国を越えて広がる欧州のように他国から電力供給を受けられない地理的条件も、ハンデとして考慮する必要がある。

 重要なのは、火力への依存度を着実に下げることだ。再エネをできる限り伸ばしていく工夫を続けるとともに、安全が確認された原発の再稼働を進めて、安定電源を確保する。効率の悪い旧式の石炭火力は廃止を急ぐ。そうした地道な努力が求められる。

 「化石燃料への依存」という点で批判にさらされた資源小国の日本だが、温室効果ガスの排出削減という点では、しっかりとした成果を残している。

排出削減で成果上げる

 18年の日本の排出量は12・44億トンとなり、13年度比11・8%減を達成。「30年に26%減」との目標に沿って着実に進んでいる。発電は化石燃料に依存する構図が続くものの、電力の需要側は、省エネの進展などの効率化が進んでいるからだ。

 COP25でも、小泉環境相は「温室効果ガスの排出量を5年連続で減少させたのは、G7(先進7か国)で日本と英国だけだ」と訴えた。2050年までの「ネットゼロ」(実質ゼロ)を宣言した自治体は岩手県、宮城県、東京都、横浜市、京都市など28に増え、合計の人口では4500万人になったとアピールした。

目標だけでは不十分

COP25議長として交渉のとりまとめにあたったチリのシュミット環境相(中央、2019年12月15日、マドリードで)=前村尚撮影
COP25議長として交渉のとりまとめにあたったチリのシュミット環境相(中央、2019年12月15日、マドリードで)=前村尚撮影

 もちろん、「ネットゼロ」といった高い目標を掲げるだけでは十分ではない。16歳だったスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんは、12月のCOP25の関連イベントのパネリストとして参加し、「(温室効果ガス排出の)実質ゼロを目指すといういくつかの先進国の約束は素晴らしいことのようにみえるかもしれないが、リーダーシップとは言えない。真の脅威は、政治家や経営者らが行動を取っているようにみせかけて、ほとんど何もしていないことです」と訴えた。

 経済同友会の桜田謙悟代表幹事も、19年12月17日の記者会見で「彼女の見方からすると(政治家や経営者らは)危機感が全然足りていないのではないか。(グレタ・)トゥンベリさんの言っていることについて正面からノーと言える経済人、政治家は本来、一人もいないと思う」と指摘した。桜田氏は、この年1月のスイス・ダボス会議(世界経済フォーラム)で、同じくパネリストとして参加していたグレタさんに、にらまれたことを覚えているという。「私もCEO(最高経営責任者)の一人として叱責(しっせき)の対象に入っていたのかもしれない。大事なことは少しずつでもいいから解決策を実行していくことだ。日本には現実的環境主義者がたくさんいるので、日本の持っている解決力を示していけばトゥンベリさんもきっと分かってくれるのではないか」。桜田氏はそう説明する。

「低炭素」から「脱炭素」へ

 日本は、1970年代の石油危機後、ガソリンを効率的に使う自動車や、省エネ型の電気製品などで世界をリードしてきた。2008年夏に開催した北海道洞爺湖サミットでは、当時の福田首相が「低炭素社会」とのキーワードを掲げ、先進国だけでなく、中国やインドといった新興国も中長期的に温室効果ガス削減に取り組ませる方向付けをした。

 ただし、ここでも注意が必要だ。長年にわたって、日本が省エネで世界をリードしたのは間違いない。しかし、16年のパリ協定発効をきっかけに世界の潮流は、省エネなどで温室効果ガスの排出を減らしていく「低炭素」から、排出そのものを実質ゼロにする「脱炭素」を目指す方向に転換したからだ。

 17年夏には、フランスと英国がそれぞれ40年までに排ガスが生じるガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針を表明。中国政府も19年に電気自動車(EV)など新エネルギー車を生産するよう求める規制を導入するなど、ガソリン車から電気自動車に転換していく政策を進めている。

 脱炭素へ向けた欧州の動きは、産業政策とも強くリンクしている。EUの執行機関である欧州委員会はCOP会期中の12月11日に脱炭素と経済成長の両立を図る総合対策「欧州グリーンディール」を発表した。50年までに域内の温室効果ガスの排出削減を実質ゼロにすると掲げたほか、30年の排出削減目標を、これまでの「1990年比40%減」から「50~55%減」へと引き上げる。また、エネルギーの効率的な利用や循環型経済に向けた産業活性化、環境への負荷が少ない農業・食料システムの構築を進めるなど、欧州の産業全体を変革して、競争力のある経済への移行を目指す。さらに、化石燃料に頼る東欧諸国の脱炭素を後押しするため、欧州投資銀行(EIB)を通じて1000億ユーロ(約12兆円)を拠出するとともに、製造過程で温室効果ガスを多く排出する鉄鋼製品などの輸入品にかける「国境炭素税」の導入計画も盛り込んでいる。

 「欧州グリーンディールは、我々の新しい成長戦略だ。(環境対策で)素早い行動をとることが、欧州がグローバル市場でリーダーになることを後押しする」―。欧州委のフォンデアライエン委員長は、新産業の育成や雇用を創出していくと強調した。

 欧州の産業界は脱炭素と経済政策を結びつける動きを前向きに受け止めている。「問題はどうやって社会的変革を成功させるかだ。産業の活力を奪い雇用の喪失につながるようなものであってはならない」(欧州産業連盟)というスタンスで、企業の成長につながる具体策がカギになるとの見方を示している。

企業の動き広がる

 自社で使う電力を全て再エネで賄うことを掲げる国際企業連合「RE100」の広がりも、脱炭素を目標に定める動きの国際的な拡大を象徴する。RE100には世界で200社以上が加盟し、「2020年」「2030年」などと再エネ100%の達成時期を明示しながら、各社が脱炭素に向けて切磋琢磨(せっさたくま)している。この中で米アップルは18年、世界各地にある同社施設の電力の100%を再エネで賄う目標を早くも達成した。世界各地で太陽光発電や風力発電などのプロジェクトを進め、部品メーカーなどの取引先にも「再エネ100%」を求めている。

 こうした動きは他のグローバル企業でも勢いを強めつつある。気候変動対策を巡る世界のビジネス事情に詳しいUNEP・金融イニシアチブ特別顧問の末吉竹二郎氏(WWFジャパン会長)は、「RE100はサプライチェーン(部品供給網)に入るための条件になり始めている」と指摘する。

 脱炭素については、日本政府も一歩を踏み出している。19年6月に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を閣議決定し、「今世紀後半のできるだけ早期に『脱炭素社会』を実現する」と掲げた。温室効果ガス排出量の「実質ゼロ」を掲げたのは、G7では日本が最初だった。これまで政府は「2050年に温室効果ガスを80%削減する」としてきたが、「脱炭素社会」を掲げることで、イノベーション(革新)を通じて環境と成長の好循環を目指すものだ。具体策として、再エネの主力電源化や、CO2を地中に貯留する技術の導入、火力発電などで排出されるCO2を回収して、新たな燃料や素材として再活用する技術の開発などを挙げた。6月に大阪市で開かれた主要20か国・地域首脳会議(G20サミット)で、安倍首相は「もはや気候変動対策は経済にとってコストではなく、未来に向けた成長戦略だ。脱炭素社会に向け、今後も世界のモデルとなるべく努力する」と訴えた。

経団連も「脱炭素」掲げる

脱炭素社会の実現に向けた新構想「チャレンジ・ゼロ」を発表した経団連の中西宏明会長(2019年12月9日)
脱炭素社会の実現に向けた新構想「チャレンジ・ゼロ」を発表した経団連の中西宏明会長(2019年12月9日)

 経済界もパラダイムシフト(枠組みの転換)へ動いた。経団連は1997年、業界ごとに温室効果ガスの削減に取り組む自主行動計画を策定し、毎年の進ちょく状況をチェックして、「低炭素化」を進めてきたが、それだけでは不十分との判断から2019年12月9日、脱炭素社会の実現に向けた新しい構想「チャレンジ・ゼロ」を発表した。「低炭素」を目指してきた経団連が「脱炭素」を掲げるのは初めてのことだ。

 中西宏明会長は「今まで受け身になっていた面が多少あった。真剣にイノベーションを起こして徹底的に削減していくと強くアピールしたい」と語った。企業にとっては、省エネやイノベーションを進めればコスト削減や競争力強化につながる。経団連はこれまでは、裏付けのない高い目標を掲げても意味は薄く、自主的な取り組みを促すことが結果として温室効果ガスの削減につながり、世界にも貢献できるとの主張だった。確かに、13~15年度だけで13年度比で排出量を約4・7%削減するなどの実績はあったが、このところの気候変動対策の世界的なうねりは予想以上だった。「欧州から遅れている」「日本の経済界の対応が後ろ向きだ」などの批判がさらに強まりかねない状況になり、「今までの延長線上ではなく、もう一歩踏み込んで、先駆的な取り組みを『見える形』にしなければいけない」との認識が経団連内で広がった。

 新構想に従って経団連は、20年夏をめどに、温室効果ガスの排出に関して実質ゼロの目標を掲げる企業や、革新的な技術開発を進める企業などの200社前後の取り組みを集め、経済界全体に積極的な行動を広げていく方針だ。同時に、株価や財務情報などのほかに企業の温暖化対策などを投資判断に組み入れた「ESG投資」を呼び込むことも狙っている。杉森務・副会長(JXTGホールディングス社長)ら経団連代表団は、マドリードのCOP25の会場に乗り込み、海外要人らとの会談や、関連イベントへの出席などを通して、新構想に基づいてイノベーションを進めていく方針を強調した。

 金融庁も、生命保険会社や信託銀行などの機関投資家向けの行動指針(日本版スチュワードシップ・コード)を20年春に改定し、環境などに配慮するESG投資を重視する方向を打ち出している。強制力はないものの、気候変動などの社会的な課題に取り組んでいるかどうかが、投資の際に重要な判断材料になる傾向はますます強まりを見せるだろう。

 各企業の具体的な取り組みも進む。化石燃料である液化天然ガス(LNG)を扱う東京ガスは11月下旬に発表した経営ビジョンで、50年頃までに二酸化炭素排出量を「ネットゼロ」にするとの目標を掲げた。国内のエネルギー企業が実質ゼロを掲げるのは初めて。出力が変動する再エネを、効率的な天然ガス利用と組み合わせるなどの工夫をするほか、CO2を分離・回収する技術の導入を図る。RE100についても、イオンやリコー、大和ハウス工業、富士通など30社近くの日本企業が加盟し、再エネ100%を自社の目標として掲げている。

それでも危機感が足りないか?

 それでも、日本の取り組みはまだ不十分だと警鐘を鳴らす声は絶えない。先の末吉氏は、都内で開いた講演会で「日本は危機感が足りない。危機感のなさがビジネスを含む対応を遅らせ、日本の競争力を損なうという困った事態になっている」と指摘した。この1年ほどで、急速に世界のビジネス関係者の意識が変わり、温暖化対策を求める動きが強まっているという。

 もともと、環境に配慮した製品や技術は、これまで日本企業が得意としてきたところだが、脱炭素に向かう世界のビジネスの競争は激しい。脱炭素につながるビジネスを、さらに政府や自治体が戦略的に後押し、結果を出していくことこそが重要になる。

 国を挙げての取り組みには、国民の努力も欠かせない。1人あたりの温室効果ガスの排出量で各国を比較してみると、日本は9トンCO2と、米国(14・9トンCO2)より少ないものの、英国やフランスの倍近い水準だ。電力事情や産業構造の違いはあるものの、イノベーションを進めることで削減できる余地は大いにあると言えるだろう。パリ協定が動き出す今年、地球温暖化対策の強化を未来に向けた成長戦略に位置づけた日本には、目標も課題も十分にそろっている。

プロフィル
黒川 茂樹( くろかわ・しげき
 調査研究本部主任研究員。

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1029925 0 読売クオータリー 2020/02/03 10:00:00 2020/02/03 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/01/20200122-OYT8I50035-T.jpg?type=thumbnail

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