コロナで揺らぐ日本国憲法

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調査研究本部主任研究員 舟槻格致

 新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の政治・経済や医療体制に深刻なインパクトを与える国難だった。首相と感染症担当相を主軸とした内閣の機能強化は急務であり、あわせて、本質的で骨太な憲法論議も着実に進めておくことが必要だろう。制定から73年、一字一句変わらない現行の日本国憲法は、科学技術の発展した複雑な日本社会が直面する課題に対処する上で、ますますほころびが隠せなくなっている。コロナウイルスの再拡大や自然災害に備え、日本国民の「民度」に依存するだけでなく、政治が十分に力を発揮できるように、憲法体制を見直していくことが求められている。

疑問1 国会は開けるか?

 新型コロナウイルスが日本政治に残した「爪痕」を、一つずつ見ていきたい。

 まずは「国権の最高機関」(憲法41条)である国会の開催そのものを巡る問題である。「自らの良心に従って行動する国会議員が、議会に集まって真剣に討論し、お互いを説得し合う中で、全国民の利益が実現する」というのが、近代議会制の理念と考えられてきた(注1)。テレビ会議などでなく、一つの場所に集まって口角泡を飛ばして討論することが想定されている。ワイワイガヤガヤ議論する中で、ヤジが飛ぶことも多少はあろう。

 憲法は国会の定足数について「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」(56条1項)と定める。三分の一というのは、大日本帝国憲法の帝国議会と変わらない長年のルールだ。国会議員がソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を気にかけてほんの一部しか集まれないのでは、議論をしたことにならない。

 定足数を巡る論点は従来、もっぱら「『総議員』とは法定数か、それとも死亡者などを除く現在議員数か」といったものにとどまってきた。「オンラインでも出席と言えるかどうか」は、国会でも論じられてこなかった、まさに“盲点”といえる。

議員が密集するのを避けるため、出席者を減らして行われた衆院本会議(2020年4月14日撮影)
議員が密集するのを避けるため、出席者を減らして行われた衆院本会議(2020年4月14日撮影)

 今回の感染禍を受け、三分の一を満たす範囲で出席議員数を減らし、他はテレビ中継で視聴することで、与野党は折り合ったが、それでも議員同士の距離は十分とは言いがたく「これでは(密閉、密集、密接の)3密だ」(閣僚経験者)とささやかれた。もし、日本でも英仏両国やイランのように国会議員や閣僚らにまで感染が拡大していたら、憲法の要件を満たせず、立法機能がマヒしていた公算は大きい。

 読売新聞が、5月3日の憲法記念日に合わせて国会議員4人と憲法学者により実施した座談会では、自民、公明両党がこうした問題を国会の憲法審査会で正面から早急に議論するよう求めたが、立憲民主党は「議院運営委員会で話し合えば足りる」と反対した。コロナウイルスの「第2波」や、さらに強力な感染症が永田町で蔓延(まんえん)したらどうしたのか。国民主権原理の根幹に関わるだけに、早急に議論しておくべきではないだろうか。

 問題は、定足数だけではない。

 憲法は「両議院の会議は、公開とする」(57条1項)とも定めており、特に本会議は完全な公開が原則である(注2)。主権者たる国民が見られなければ、民主主義は成り立たないからだ。感染症が拡大する中、“オンライン議会”に国会議員が“出席”して“採決”が行われても、審議に臨む議員の様子を全員映し出すことは難しい。憲法の想定した「公開」と言えるのか、疑問を差し挟む余地があろう。

 衆参両院ともに、重要法案の採決は、本会議場を閉鎖して木札を投じて行っている。議事整理権を持つのは議長だ。これをオンラインに変え、たとえば議員が自宅で“出席”した場合、議長の目は届くだろうか。自宅のパソコンで法案のクチコミをネット検索したり、家族や友人に隣からアドバイスを受けたりしながら一票を投じることも物理的には可能となるが、選挙で選ばれた国会議員が、自らの良心のみに従って活動するという民主主義のプロセスに変更を加えることにつながらないだろうか。

 同種の課題を抱えるのは、もちろん日本の国会に限らない。

 英下院図書館の今年4月の調べによれば、ドイツやリトアニア、ノルウェーの国会で、ビデオ会議が開かれた。フランスの国会では、新型コロナウイルスに関係しない委員会は、延期する措置が取られたという。

 米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)議長などの議会証言もウェブを通じて行われており、オンラインによる議会活動が日常化しているようである。現地報道によれば、米下院では、登院者を減らしてソーシャル・ディスタンスを維持するため、議会決議によって、1議員につき10人までの代理投票を認める異例の取り扱いがなされた。米議会でも日本の国会と同様、議院の自律権が憲法上認められているが、同時に定足数(quorum)も憲法上明記されているため、専門家からは「こうした扱いは違憲の疑いがある」と指摘する声が出されている(注3)。

 憲法上の疑問を残したまま作られた法律や予算では、適法性に疑義が生じる恐れもある。違憲訴訟が乱発されれば、社会の動揺を生じかねない。どこまでオンラインが認められるのか、日本でも憲法の理念にも立ち返り、専門家も交えて議論を尽くすべきだろう。

 感染症の問題は、国会(立法府)以外でも生じうる。憲法上、定足数などの定めはないが、内閣(行政府)、裁判所(司法府)のそれぞれについても、法律レベルまで含めて、パンデミック(世界的大流行)がさらに深刻化した場合にどう運営するのかを考えておかないと、国政全体が麻痺(まひ)しかねない。

 情報技術(IT)の急速な発達も、感染症が国政の機能を阻害する問題も、日本国憲法が作られた時には誰も想像しなかった事態である。疑問の生じる余地を極力なくしておくのが、憲法への信頼を確保する上では望ましい。

疑問2 選挙が出来なくなったらどうする?

 「選挙が実施できなくなったらどうするか」という問題もある。新型コロナウイルスが発生する前から、憲法条文の欠缺(けんけつ)――法令に要素が書けている事項――として、一部国会議員や専門家の間では認識されていた論点だが、今回の感染症拡大で、いよいよ現実味のある課題となってきたといえる。

 憲法は「衆議院議員の任期は、四年とする。ただし、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する」(45条)、「参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する」(46条)と、それぞれ定めるが、任期満了直前や解散後に感染症が拡大して「とても選挙などできない」となった時にどうするのか。

 地方議員についても、地方自治法93条1項で「任期は4年」との定めがあるが、憲法の規定ではないため、法律で延期が可能だ。実際、阪神大震災や東日本大震災では、直後に予定されていた統一地方選挙が、特例法により被災地の多くで延期された。国会議員の任期は憲法に数字が明記されているため、これを法律で破ることは許されない。災害は、国政選挙のない時期に起きるとは限らない。憲法の改正を含む検討が早急になされるべきだが、国会の動きはきわめて鈍い。

 衆院憲法審査会が昨年9月、欧州4か国で行った現地視察でも、ウクライナを訪れた際に議員任期の延長が話題となった。

 チェルノブイリを抱えるウクライナと日本は、ともに原子力発電所が事故を起こした点で共通する。視察に参加した国民民主党の奥野総一郎氏が「日本では、緊急事態の際に選挙ができない場合を想定して、『議員任期の延長を憲法に組み込めないか』という議論をしている」と述べ、仮にウクライナで緊急事態が布告された場合に、議員の任期はどう扱われるかについて尋ねた。これに対しウクライナの裁判官は、「そのような場合には、議員の任期は延長される。これは当たり前のことだと思う。危機的な状況が発生したときに、最高会議という唯一の権力機関がなくなるのは非常に危険である。これは、憲法裁判所が判断するまでもないことであって、常識的な問題である」と返答した。

 原発に加え、日本は大地震や風水害が頻発する「災害大国」でもある。万一の備えを平時から検討しておくのは当然だろう。

 だが、審査会メンバーが帰国してから、議論は全く進んでいない。

 4月26日に実施された衆院静岡4区補欠選挙を巡っては、国民民主党の榛葉賀津也参院幹事長は新型コロナウイルスの感染拡大を理由に「イベントは中止要請しておいて、選挙をスルー(して実施)するのは国民に理解されるのか」などと、延期を強く求めた。

 国政選挙も、補欠選挙の場合は法律で延期が可能だが、衆院の総選挙や参院の通常選挙では憲法上の制約がある。衆院議員の任期満了まで1年余りしかなく、遠からず解散の決断はある。補欠選挙の延期を主張したなら、衆院議員の総選挙や参院議員の通常選挙を延期できる仕組み作りも議論するよう呼びかけなければ、辻褄(つじつま)が合わない。

疑問3 国民の命を守れるか?

 日本国憲法で、非常時対応に関する唯一の規定は、参院の緊急集会(54条2項)である。衆院解散時に緊急の必要がある際に内閣が求めるもので、議決内容は、次期国会の開会後10日以内に衆院の同意を得なければならない(同3項)。

 連合国軍総司令部(GHQ)が憲法草案を作った当初は、この規定すらなかった。日本政府側が「災害などの突発によって、緊急な立法ないしは財政措置を講ずる必要が生じた場合にどうするか」と尋ねると、GHQ側は「内閣のemergency power(非常権力)で処置すればよい」と答えた。ラテン語に「戦時において法は沈黙する」(inter arma leges silent)という法(げん)があり、米国では、戦時や緊急時に大統領に対し例外的な権限をある程度許容してきた(注4)。だが、戦前、戒厳令や緊急勅令が繰り返された日本側は「憲法をこれから作ろうという際に、超憲法的な運用を予想するようでは、明治憲法以上の弊害の原因となる」と反発した。そこでGHQが示してきた案が、参院の緊急集会だった(注5)。

 新憲法制定時は日本が再び戦争に乗り出すのを阻止することが、最大の関心事だった。当事者の間には、戦時を想起させる緊急事態条項はそもそも議論することさえはばかられる空気があり、日本が自然災害の頻発する国でもあることに配慮するゆとりはなかったと推察される。

 今回のコロナウイルス禍を受け、緊急事態条項に対する世論の関心は高まっている。

 読売新聞が今年3~4月に実施した憲法に関する全国世論調査(郵送方式)では、憲法で特に関心を持っている問題として「緊急事態への対応」を挙げた人が38%となり、前回の22%から16ポイントも上昇した。

 安倍首相は4月7日の衆院議院運営委員会で「自民党が示した改憲四項目の中にも緊急事態対応が含まれている。大地震等の緊急時において国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか、そのことを憲法にどのように位置づけるかについては、極めて重く、大切な課題だ」と訴えた。

 コロナウイルスの感染拡大を受け、イタリアやスペインはそれぞれの憲法上の緊急事態条項で対応した。ドイツやフランスは、法律で対処している。国により手法は分かれるが、比較憲法に詳しい西修・駒沢大名誉教授の調査によると、世界189か国の成文憲法のうち、184か国の憲法が緊急事態条項を有している。日本以外で緊急事態条項を持たないのは古い憲法や小国の憲法のみで、独仏両国の憲法(基本法)にも緊急事態規定がある。少なくとも1990年以降に新しく制定された憲法104のすべてが緊急事態条項を持っているという。

 国際社会は、非常時の人権制約を不可避として認めている。

 国際人権規約(B規約)は、第4条1項で「国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる」と明記する。憲法に緊急事態条項を設けることは、憲法を「国際標準」に近づけることにほかならない。

「後手」続きの戦後災害史

 緊急事態条項を欠いた憲法の下、行政は戦後、後手の対応を繰り返してきた。我が国の緊急事態法制は、実害が生じた後に、合憲・違憲に関する議論を経て、作られたケースが多い。その間に国民の尊い生命・財産が失われたことは軽視できない。

 1961年に制定された災害対策基本法では、首相が「災害緊急事態」を布告すると、国会閉会中に物資の配給や物価統制、金融モラトリアム(債務支払い猶予)の統制を行う緊急政令を制定できるが、同法は、死者・行方不明者5098人、家屋の全半壊約15万戸の甚大な被害を出した59年の伊勢湾台風の2年後に作られた。最高刑を死刑とするハイジャック防止法(航空機の強取等処罰法)が制定されたのは、70年の日航機「よど号」ハイジャック事件の後だった。

 95年の阪神大震災の約半年後には災害対策基本法が改正され、自衛隊の緊急車両が、通行の邪魔になっているものを取り除くことができるようになった(ただし、それができるのは、警察官が現場にいない場合に限るという抑制的な規定になっている)。原子力施設で大事故が発生した際に首相が「原子力緊急事態」を宣言できることを定めた原子力災害対策特別措置法が成立したのは、茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所で99年に起きた臨界事故を受けてだった。

 もちろん、いたずらに私権制限を行うことには慎重であるべきだ。今回のコロナ禍を受け、すぐに罰則を新設したり、憲法を改正したりすべきだということにはならないだろう。肝心なのは、将来を見据えた幅広い検討を行いながら、憲法もタブーにとらわれずに議論することだ。

 災害に対応するため行政権を拡大することには、もちろんリスクもある。ただ、弊害を恐れるあまり議論すらしないのは、おかしい。国会では、野党議員が「緊急事態条項は、独裁政治を生んだナチスの『全権委任法』と同じだ」と批判したこともあるが、これは極論だ。緊急事態法制に詳しい山中倫太郎・防衛大教授(憲法、防衛法)は、緊急事態条項を弁別して考える必要性を説く。具体的には「ナチスの全権委任法のように憲法の原理を実質的に廃止するものや、これを一時停止する(狭義の)『国家緊急権』と、停止せずにあくまで一時的に必要最小限度の例外を認めるものとで、理論的には区別できる」と指摘する。

 戦後、多くの国が憲法に緊急事態条項を盛り込むにあたり、慎重な制度設計を心がけてきた。人権の制約はあくまでも必要最小限でしか許されないし、人権の中でも「思想、良心及び宗教の自由についての権利」や「拷問の禁止」などは、国際人権B規約で停止が認められていない。衆参の憲法審査会では、「憲法に緊急事態条項は不要」を持論とする議員も含めて、まずは世界の実情を踏まえて、結論を決めてかかることなく議論することから始めてはどうか。緊急事態を誰が宣言し、いつまで効果を持たせるか。その始まりと終わりに国会はどう関与するのか。医師や土木建築、法律などの専門家の知識をどう取り込むか。不利益を受けた国民への補償はどうするか――。議論すべき課題は多い。

「日本モデル」の危うさ

 新型コロナウイルスへの対応が進む中で、「日本人の民度の高さ」が喧伝(けんでん)されたことに、問題はないだろうか。

 麻生財務相兼副総理は国会答弁で、日本の死者が欧米諸国よりも少ない理由について「国民の民度のレベルが違う」と述べた。発言は国内で批判を受けたが、海外のメディアでも、「ジャパン・モデル」を一定程度評価している例がある。

 たとえば英紙フィナンシャル・タイムズは、法的強制力のある都市封鎖(ロック・ダウン)や罰則付きの業務停止命令もなかったのに、世界の先進国で群を抜いて少ない感染者・死者しか出さずに済んでいることについて、政府の要請に反することなく従う(obedience)日本人の文化が影響している可能性があるとした(注6)。ドイツなどでは都市封鎖に反対する極右勢力による大規模な抗議活動などが行われた。公衆道徳を重んじる日本人の国民性が、東日本大震災に続き、危機管理に強みを発したことは評価すべきだろう。

 だが、「民度利用」に死角はないだろうか。

 憲法や歴史の専門家からは、権威に過度に従順な日本人が、自粛に従わない人への圧力を強めたり、非寛容な言動を見せたりする「忖度(そんたく)の暴走」の危険性を指摘する声が出ている(注7)。時代背景は異なるが、軍に少しでも非協力的な姿勢を示すと「非国民」扱いされた戦前と似た同調圧力が起きないと、誰が言い切れるだろうか。

 人権侵害は、当局によるものばかりではない。緊急事態対応の法的な根拠があいまいになったままでは、行政的な手段が制約され、結果的に、民間人同士による人権侵害が進む恐れがある。防大の山中教授は「各人の正義感が行き過ぎて生まれる過度な同調圧力に依存する社会よりも、法がきちんと基準を示し、国民を代表する当局が法の範囲でのみ取り締まる社会の方が、むしろ健全ではないか。今回の感染症を、日本賛美論で片付けてはならない」と訴える。

 東京都知事は、法的根拠もないのにロックダウンに言及した。憲法と法律で行政の権限が明確に与えられない中で、政治家が住民に呼びかけ続けるのでは、法治主義国家と言えまい。日本人の責任感の強さを評価することは良いが、それを口実に法整備を怠ってはならないだろう。

 現行の新型インフルエンザ特措法では、国民に外出自粛の「要請」はできるが、法的な義務を伴う「指示」まではできない。総務官僚として国民保護法の制定に携わり、自民党議員として2012年の憲法改正草案にも関与した礒崎(いそざき)陽輔・前参院議員は「国民一般への指示までは、憲法上の制約でできないというのが、政府の解釈だからだ。今回、日本国民の多くが協力的で、死者も少なかった。だが、外出自粛を1%の人が守らないだけで感染が急拡大する可能性はある。国民を信頼するのは大事だが、緊急時に備える法制度は必要だ。非常時でも超憲法的な行政活動は許されない。緊急事態条項を設けるのは、憲法を守るためでもある」と語る。

予算執行も課題

 コロナ禍で浮き彫りとなった統治機構上の課題は、他にもある。

 今年度第2次補正予算案の審議では、政府の裁量で支出できる予備費が10兆円に膨らみ、野党は「国会軽視だ」と反発した。財政民主主義(憲法83条)の観点からは、予算に対する国会のコントロールを利かせることが重要だが、「コロナ不況」の脱却には、手厚い財政支援が必要であり、資本注入などをためらうことは許されない。雇用調整助成金や持続化給付金の支払いが膨らんで予算が足りなくなった時などに、機動的に使える予備費が十分あることは危機管理上、重要であろう。

 実は、緊急時の予算執行は以前から知られた論点であり、自民党が2012年に発表した憲法改正草案では、緊急事態宣言が発せられた際に行政は「財政上必要な支出その他の処分」ができるとしている。

 緊急時の予算は、編成時点では行政の機動的な対応にできるだけ配慮することとして、執行や決算の時点で国会が監視を強めることも検討に値するのではないか。また、非常時用の基金を作り、緊急事態宣言の発令を要件に取り崩しを認める――といった制度も考える余地があろう。

 憲法と直接は関係ないものの、今年度第1次補正予算案の閣議決定が4月にずれ込んだ点も反省材料を残した。3月には新型コロナウイルスの感染が拡大していたにもかかわらず、政府は「当初予算は組み替えない」という前例にこだわり、当初予算が成立した後に、補正予算案を提出した。政府が当初予算の組み替えに踏み切っていれば、野党は「欠陥予算案だ」と反発し、全面的な見直しを求めることになっただろうから、政府の対応も理解できないではない。だが、国家的な非常時を前に与野党が政争をしている場合ではなかろう。与野党が国民目線で折り合うことは、なぜできなかったのか。第1次補正予算では、現金給付が一度閣議決定された後に、「1世帯あたり30万円」から「国民1人一律10万円」に変わったことばかりが注目されたが、統治機構上の課題は、予算編成のスピードの方だったように思われる。

結びにかえて

 憲法の緊急事態条項が話題となるたびに、野党などが主張してきたのは、「憲法には人権制約原理として規定した『公共の福祉』があるから、これ以上新たな規定は必要ない」というものである。政府の解釈でも、災害時の人権制限は「公共の福祉」によって可能とされ、災害対策基本法などの立法もこれに基づくとされる。だが、有事に、現行法が想定してこなかったような問題が生じた場合に、「公共の福祉」のような曖昧な概念を根拠に、果断な措置が取れるだろうか。

 公共の福祉の意義を巡っては、平時の人権制約に関する膨大な判例と学説の蓄積があるが、大災害や感染症は有事であり、司法的救済を考慮する時間的なゆとりもない中で政府は決断を下さなければならない。しかも発生した被害が深刻であればあるほど、「人権制約も仕方ない」という世論が強まり、「公共の福祉」という文言のみでは人権を守る防波堤にならない危険性がある。本来、人権問題に敏感であるはずの立憲民主党など野党が、「『公共の福祉』で人権制約は可能」と解き、憲法上の緊急事態条項に関する議論を避けようとしているのは、いかがなものか。憲法と法律で、しっかりと緊急事態への備えを定めるとともに、政府はつとめて慎重かつ謙抑的に対応することが求められている。コロナと大規模地震や風水害が重なることを想定し、万全の備えをしておくのが、政治最大の責務ではないだろうか。

●注釈
 注1 高橋(2017)353ページ
 注2 芦部・高橋補訂(2019)323ページ
 注3 The Wall Street Journal “The Incredible Shrinking Quorum”(https://www.wsj.com/articles/the-incredibleshrinking-quorum-11590077361) Retrieved 2020.6.1
 注4 Fallon(2013) 333ページ
 注5 佐藤・佐藤補訂(1994)296~323ページ
 注6 Financial Times May 26 p.4 “ ‘Japan model’ has beaten virus, declares Abe”
 注7 「読売新聞」5月3日付朝刊9ページ、「毎日新聞」 5月13日付朝刊11ページ

●参考文献
 浅野一郎編集(2003)「国会入門」(信山社)
 芦部信喜・高橋和之補訂(2019)「憲法 第七版」(岩波書店)
 石田勇治(2015)「ヒトラーとナチ・ドイツ」講談社現代新書(講談社)
 大石眞・大山礼子編著(2017)「国会を考える」(三省堂)
 小林直樹(1979)「国家緊急権」(学庸書房)
 阪田雅裕編著(2013)「政府の憲法解釈」(有斐閣)
 佐々木晶二(2017)「防災・復興法制」(第一法規)
 佐藤達夫著・佐藤功補訂(1994)「日本国憲法成立史 第三巻」(有斐閣)
 初宿正典編(2014)「レクチャー比較憲法」(法律文化社)
 高橋和之(2017)「立憲主義と日本国憲法 第4版」(有斐閣)
 高橋和之編(2012)「新版 世界憲法集 第2版」岩波文庫(岩波書店)
 西修(2011)「現代世界の憲法動向」(成文堂)
   (2016)「世界の憲法を知ろう」(海竜社)
   (2019)「憲法の正論」(産経新聞出版)
 浜谷英博・松浦一夫編著(2012)「災害と住民保護」(三和書籍)
 待鳥聡史(2015)「代議制民主主義」中公新書(中央公論新社)
 衆議院憲法審査会(2020)「衆議院欧州各国憲法及び国民投票制度調査議員団報告書」
 読売新聞社編(2004)「憲法改正 読売試案2004年」(中央公論新社)
 Fallon Jr., Richard H., (2013), “The Dynamic Constitution second edition” Cambridge University Press.

プロフィル
舟槻 格致( ふなつき・かくち
 調査研究本部主任研究員。

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1387367 0 読売クオータリー 2020/08/05 11:00:00 2020/08/05 11:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200730-OYT8I50027-T.jpg?type=thumbnail

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