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    「イスラム国」を巡る本紙記事

    基礎からわかる「イラク情勢」

     イラクが分裂状態に陥っている。イスラム教スンニ派の過激派勢力が、シーア派マリキ政権の軍隊を撃退して北西部を支配し、北部のクルド人は、この機に独立への動きを強める。

     独裁者フセインが倒れ、米軍が撤退し、安定への期待が高まっていた中東の石油大国。なぜ、分裂の危機に直面し、他国に動揺を与えているのか。

    Q 分裂危機の原因は

     3勢力 共存崩壊 スンニ過激派 建国画策

     イラク安定の条件は、宗派や民族の異なる3勢力の共存と言われてきた。今回、そのバランスが崩れたことが混乱の最大の要因だ。

     3勢力とは、南部に多いイスラム教シーア派のアラブ人、中・西部に住むスンニ派のアラブ人、北部が拠点のスンニ派のクルド人。

     同じイスラム教徒でも、シーア派とスンニ派は、聖典(コーラン)の解釈や生活習慣が異なる。宗派の違いに根差した就職や昇進の差別もあった。

     「国を持たない世界最大の民族」と言われるクルド人は、クルド語を話し、アラビア語を話すアラブ人とは異なる民族だ。

     それでも、3勢力は2006年、連立政権を組み、シーア派のマリキ首相を選出した。首相が、3勢力に閣僚ポストを配分する「国民融和」を掲げたためだ。

     だが、首相はその後、内相を兼務するなど「独裁色」を強める。そうした中、スンニ派の過激派組織「イスラム国」が6月、戦闘を本格化させ、一方的にイスラム国家樹立を宣言した。スンニ派の有力部族の多くは、マリキ政権を倒す好機とみて、「イスラム国」の支配を容認した。

     クルド人も、マリキ政権が弱まっているとみて、自治区外のクルド人地域に進駐し、実効支配を強めた。

     そもそも、3勢力はなぜ、一つの国の中に存在するのか――。

     現イラク領を流れるチグリス、ユーフラテス両河川域は農耕や牧畜に適し、長く有力部族の係争地だった。イスラム教が興った7世紀以降、アッバース朝、サファビー朝、オスマン帝国などと覇者が交代し、民族や宗派の異なる部族がモザイク状に住むようになった。

     これに国家という枠を当てはめたのが、西欧の植民地政策だ。第1次大戦中の1916年、英仏露はサイクス・ピコ協定を結び、オスマン帝国領を分割、宗派・民族の分布に関係なく勢力圏の線を引く。

     英国は21年、この協定をたたき台に現在のイラクを作り、委任統治領とした。領内に住んでいた3勢力は、そろってイラク人となる。

     バグダッド大講師(政治学)のナーマ・ジャシム氏は「イラク情勢の不安定は、協定で異なる宗派、民族が同じ国に組み込まれたことから始まった。権力を取った宗派が弾圧を行い、憎悪の連鎖を生んだ」と語る。

     32年に独立するまでの委任統治時代、英国はスンニ派エリートを重用し、シーア派の不満は高まった。

     79年にはスンニ派のサダム・フセインが大統領に就任。クルド人の反乱を警戒し、クルド地域で毒ガスを使い住民を殺りくした。

     2003年のイラク戦争でフセインが放逐され、支配層となったのがシーア派だ。マリキ氏は、スンニ派のデモ鎮圧を強めた。

     米軍は11年末に駐留部隊を全面的に撤退、力の空白が生まれた。歴史的な憎悪の連鎖が「イスラム国」伸長の土壌を生んだ。

    Q 周辺国は

     イランなど シーア派国結束

     スンニ派組織「イスラム国」のイラク侵攻に対し、シーア派のイランやシリアのアサド政権は、同じ宗派のマリキ政権を支援している。

     イランは、マリキ政権に軍事物資を提供し、シーア派の一派アラウィ派のアサド政権は、「イスラム国」の拠点を空爆した。結果として、1980年代のイラン・イラク戦争の交戦国は結束を強め、シリアも含めた3か国の連携は深まっている。

     スンニ派諸国も、「イスラム国」を支援しているわけではない。反シーア派を掲げる「イスラム国」の訴えは、スンニ派住民に受け入れられやすく、過激派思想が国内に浸透するのを恐れている。

     例えば、サウジアラビアでは、支配的宗派「ワッハーブ派」が、イスラム国家への回帰を訴えるなど、「イスラム国」との共通点も多い。「イスラム国」の戦闘員となった国民も少なくない。過激派を警戒するアブドラ国王は6月末、「安定に向け必要な手段を講じる」との声明を出した。

     スンニ派君主制のヨルダンは、「イスラム国」の前身組織指導者の出身地だ。今も多くの過激派予備軍が存在し、治安当局は摘発を強める。

     一方、オバマ米政権は、イランの核開発を疑い、アサド政権の退陣を求めてきた。だが、過激派という共通の敵を持った今、両国への強硬論は影を潜めたようにみえる。

    Q 原油市場に影響は

     供給不安 値上がり懸念

     資源エネルギー庁が今月9日発表した全国のレギュラーガソリンの平均価格(1リットルあたり)は、169・7円で、11週連続の値上がりとなった。世界有数の産油国イラクの混乱は、日本にも波及している。

     イラクの確認原油埋蔵量は約1400億バレルで世界第5位。原油生産量は今年2月、過去30年間で最多の1日あたり約360万バレルに達し、石油輸出国機構(OPEC)ではサウジアラビアに次ぐ規模だ。国際エネルギー機関(IEA)によると、イラク原油は、世界の生産量の約4%を賄う。

     イラクの原油生産の約7割は、治安が比較的安定している南部に集中し、大半はバスラ港から輸出される。2009年には、世界有数のルメイラ油田の開発を英・中国の企業連合が落札するなど、国際石油大手との契約も相次ぐ。

     しかし、6月以降、「イスラム国」が中部ティクリート近郊のアジール油田(日量約3万バレル)を制圧。クルド自治政府も北部キルクーク油田(日量約60万バレル)を管理下に置いた。イラク政府による油田の一元管理が揺らぐ。

     米調査会社IHSエナジーのアナリスト、ジェイミー・ウェブスター氏は、「輸出関連施設が攻撃されれば、原油生産に長期的な影響を及ぼす恐れがある」と話す。

     原油取引の国際指標となるテキサス産軽質油(WTI)は今月10日、1バレルあたり102・93ドルの終値をつけた。6月下旬に比べると値を下げ、落ち着きを取り戻しつつあるが、90ドル台前半だった今年1月から上昇傾向にある。

     日本では、原油価格の上昇が続けば、電気料金が引き上げられるとの指摘が出ている。東日本大震災以降、火力発電比率が約9割に達し、燃料の液化天然ガス(LNG)の価格が、原油価格と連動しているためだ。

    イスラム国
     聖典コーランなどに基づく国家統治を武力で目指す過激派。総勢力は推定約1万1000人。イラク西・中・北部のほか、内戦下のシリア北東部を勢力圏とする。支配地では、定時礼拝の順守や飲酒・喫煙の禁止などを求める。
    サイクス・ピコ協定
     当時のオスマン帝国の領土分割のために結ばれた秘密協定。英代表のサイクス、仏代表のピコが協定の原案を作成した。英がペルシャ湾岸に、仏が地中海東岸にそれぞれ直轄統治を得たほか、イラク中・南部を英の勢力圏、シリアやイラク北部を仏の勢力圏、ボスポラス海峡地域を露の勢力圏などと線引きした。

     カイロ支局・久保健一、溝田拓士、エルサレム支局・上地洋実が担当しました。

    2014年07月13日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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