実は、「確認」を繰り返すから「不安」になる

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何かをし忘れたのではないか?

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 「自分のうっかりミスで、取り返しがつかない大きな災難の種をまいてしまったのではないか?」「自分が発した一言のせいで……」

安くて安全な「日本の水」は守られるのか

 ふっと、こんなことが頭に浮かび、それをぬぐい去り、安心するために行うのが「確認癖」です。

 潔癖症と確認癖は、強迫症の“代表選手”です。

 潔癖症については、前回、<実は、潔癖性が「キレイ好き」じゃすまない危険>で説明しました。

 この二つは対照的です。潔癖症はお金がかかります。水道代や洗剤代、トイレットペーパー代など、積み重ねれば半端な額ではありません。堂々と人前で自らが潔癖症であることを告白している人もいます。潔癖であること自体に誇りを持っていたり、周囲も清潔に気を使ってくれたりするメリットがあるのでしょう。

 一方、強迫癖はお金の負担はほとんどありません。潔癖症と異なり、隠している人がほとんどです。確認している様子は、小心者のように見られることもあります。落とし物を気にして床にばかり目が行くようになり、どうしてもうつむき加減になります。また、他人に気を使われると、確認作業がかえってやりにくくなります。もし、確認癖を自慢する人がいるとしたら、セキュリティー担当者や校正者のような「確認」を業務としている人でしょう。

もっと安心したい

 確認は安心を得るための行為です。

 テストの見直し、マイカーの運転、税金の支払い……、社会生活をする上で確認を怠ることによって生じるデメリットは数え切れません。

 学生が手洗いを忘れたからといって、教師から叱られることはないでしょう。しかし、忘れ物を繰り返したり、テストに名前を書き忘れたりすれば、怒鳴(どな)られてしまう恐れもあります。

 では、なぜ安心しようとして確認をするのに、かえって不安になるのでしょうか? 確認回数と安心感の関係について、実際の調査結果を示しましょう。

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