「生きがいを見つけて」35歳末期乳がん患者の告白

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「子どもの送り迎え、どうしようかな……」

――宣告を受けたときの気持ちはどうでしたか。

余命宣告を受けたときの気持ちを振り返る安岡さん
余命宣告を受けたときの気持ちを振り返る安岡さん

 実は結構、冷静に受け止めていて、泣かなかったですね。「(長男の幼稚園の)送り迎えはどうしよう」なんて思いました。それから、当時はまだ次男が母乳を飲んでいたので、「母乳もやめなければいけない」「これまで授乳していても大丈夫だったのか。悪いものを飲ませていたんじゃなかったか」などと考えていました。

――母親としての心配が大きかったのですね。

 とにかく、これからの生活や子どものこと、自分の今後のことを考えたら、そっちで頭がいっぱいになってしまって。子どもが小さかったので、そちらの方が気になりました。あと、「年を取ったら一緒にゲートボールしようね」と言っていた夫との約束が守れないな、とも。走馬灯のようにそういう記憶がよみがえってきて、悲しいという感情が当時はまったくなかった。夫や子どもも付き添ってくれていたのですが、夫が泣き崩れていて、それを見るのは(つら)かったです。交際期間も含めて20年近く連れ添っているので、「いて当たり前」の存在。さらに私は体が丈夫で大きな病気をしたことがなかったので、ショックも大きかったのでしょう。男性の心は「ガラスのハート」ですから(笑)。あと、「父親が泣いているのに、母親の私まで泣いちゃだめだ」と思ったかもしれません。

――長男は冷静だったのですか。

 当時5歳だった長男が「お母さん、あと5年生きられないの?」と聞いてきて、子どもに早い段階で知らせたのがよかったのかな、と思ったことはあります。

 長男は比較的成長が早く、大人っぽくしっかりしていたので、(医師の)先生から「一緒に聞かせた方がいいんじゃないか」って言われたので同席させていました。そうは言っても、半分わかっていない感じで、泣いていました。「いきなり明日死ぬの? それとも何年か生きて死んじゃうの?」って聞かれましたね。長男は比較的落ち着いていたと思いますが、実は心に傷を負っていたようで、半年ぐらいたつと「ママじゃなくて、僕が代わりに死ねばよかった」と言い出したんです。理由を聞くと「僕はまだそんなに長く生きているわけじゃないから」と。その時に初めて長男は大泣きし、私も一緒に泣きました。

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