「生きがいを見つけて」35歳末期乳がん患者の告白

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苦しみのあまり「大泣き」

――入院生活はどうでしたか。

入院中、病室で大泣きしたことも(写真はイメージです)
入院中、病室で大泣きしたことも(写真はイメージです)

 点滴を腹と腕から入れられて、体中、管でつながれ、副腎皮質ホルモンのステロイドや抗がん剤を投与されました。折れた骨が(けい)(つい)に影響し、手足のしびれ、神経障害が出てしまいました。それで、足が動かなくなって。ずっとベッドの上で、一人で排泄(はいせつ)に行けないのがとにかく苦痛でした。次男と同じようにオムツをつけなければならず、それがすごく嫌で。この年で介護される側になるなんて、と思いました。抗がん剤の副作用がひどく、声も出なくなり、三半規管が狂い、耳もおかしくなった。ペットボトルのふたさえ開けられず、何もできなくて。もう生きているのか、死んでいるのかさえわからなくて、大泣きしましたね。

――特に辛かったことは何ですか。

 胸に水がたまり、(せき)もひどくて。呼吸困難になって実際に「死にかけた」こともありました。ある夜、看護師さんが気づいてくれて事なきを得たんですが、本当に生死の境をさまよったんです。なんとか朝を迎えることができたのですが、頑張らなければいけないという気持ちと、もう苦しみから逃れたいという後ろ向きな気持ちとの間で葛藤しました。子どもや夫に介護させるぐらいなら、死んだ方がマシじゃないかって。でも、夫や子どもは「別に何もしなくてもいいから、息だけしてくれていればいい」と言ってくれて。しばらく声が出なかったので、家族とは「筆談」していたのですが、長男が私と会話がしたいといって、ひらがなを夫に教えてもらい、すごい勢いで覚えたみたいです。

――リハビリもしたんですか。

 あまりやると(しか)られるので、看護師さんに隠れて夜中に手すりを持って歩く訓練もやりましたね。トイレに自分ひとりで行けるようにと思いながらやっていたら、なんと1週間で立てるようになりました。年齢が若いからですかね。これも奇跡的に2週間で退院できたんです。

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