映画『メアリと魔女の花』はニセモノなのか(後編)

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映画を見たいと思わせる言葉を

(c)2017「メアリと魔女の花」製作委員会
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 ――あなたは、そういう思いをもっと語らないとダメですよ。子ども向けの映画に、どれだけの思いを込めて作ったのか、というところはちゃんと伝えないといけない。それが宣伝ですよ。ジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、いろんな宣伝のやり方をしてきた人ですが、特に驚かされるのが、表面的に見える映画の世界とは全然違う解釈をしてハッとさせ、思わずもう1回映画を見たくなるような提示をする。名プロデューサーと言われるだけのことはあります。西村さんも、鈴木さんの下で勉強してきた人ですから、映画を見たいと思わせる言葉をどんどんつなぐべきです。

 その通りですね。アニメーション映画は特に監督の(おも)いを求められるので、僕への取材依頼というのはビジネスであったり、外側の話ですから。だから、発信力という点で、僕は劣っています。でも、それは仕方のないことで、自分が取材を受けたときには、きちんと自分の言葉で語ろうとは思います。

 ――ハンデ戦を戦っているようなものだから。

 そこは、地道にやっていくしかありません。自分たちは、発信力、期待値も含めて、低くて弱い。でも、高畑さんや宮崎さんや鈴木さんが40歳前後のときにその発信力を持ち得たかというと、それはない。一本一本映画を作っていく中で、培われたものだと思います。続けて行くしかないです。

子どもたちの心に何かを残したい

(c)2017「メアリと魔女の花」製作委員会
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 ――そうですね。ただ、それ以前に、映画そのものに語るべき価値がかあるかどうかというのも大事です。語ることもできないような映画は当然あるわけです。しかし、『メアリと魔女の花』はもっと語られるべきです。人によってはまったく違う解釈をするかもしれないし、そういうところも映画を見る楽しみです。

 分からないのは、子どもたちが作品をどう見るのか、という点です。今回は真剣に作品を作るということを現場で共有できたというのが大きかった。でも、子供たちは「楽しかった」「面白かった」という言葉しか持っていない。でも見た後に、自分なりに物語を消化しているはずです。絵を描きだす子もいます。ちゃんと物語を紡いで、成長の糧にしているんですよ。これって、神秘じゃないですか。彼らの心に何かが残っていて、それは(言葉がないから)絵でしか表現できないんだと思います。そうやって、子どもたちの心に何かを残していけるはずだ、ということは信じたい。

 ――その思いに尽きると思いますよ。宮崎監督も子どもたちのためにずっと映画を作ってきた人です。興行的成功など、まったく興味がなかったと思う。結局、ものを作っている人というのは、どれだけ純粋に作品と向き合えるかであって、あとは、どれだけ情熱を傾けているか、だと思います。そこが、本物とそうでないものとを分ける線だと思います。今回の作品は多くのジブリの元スタッフたちが情熱を傾けたことは分かる。だから、プロデューサーは現場の思いを台無しにしてはいけない。

 僕自身は、プロデューサーも映画を作る側の人間だと思っています。日本では、プロデューサーはどうせ(うそ)つきで、口八丁なんだろうみたいなことを言われます。でも、本来はプロデューサーって、映画を作っていると思うんですよ。プロデュースしているわけだから。音楽プロデューサーって、音楽を作るわけですよね。じゃあ、映画プロデューサーは映画を作るわけです。映画を売るのは宣伝プロデューサーですよ。僕は、そこが分からない。

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429374 0 深読み 2017/08/08 12:45:00 2017/08/08 12:45:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20170807-OYT8I50000-T.jpg?type=thumbnail

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