徴用工も蒸し返す、韓国人の歴史観とは

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韓国は1919年に建国された?

8月15日、ソウルで開かれた「光復節」式典で演説する文在寅大統領(ロイター)
8月15日、ソウルで開かれた「光復節」式典で演説する文在寅大統領(ロイター)

 にもかかわらず、文大統領が、徴用工問題についても12年前の韓国政府の立場を覆したのは一体、なぜなのか。それを読み解く鍵は、「大韓民国は1919年に建国された」という文大統領ら「進歩派」の歴史認識にある。

 言うまでもなく、この年は日韓併合から9年後であり、朝鮮は、好むと好まざるとにかかわらず、大日本帝国の一領域にすぎなかった。しかし、進歩派の歴史認識に従えば、こうした歴史的事実こそが、「日帝強占(強制的な占領)」による「歪曲(わいきょく)」であり、「正す」べきものとされる。本来あるべき「正しい」歴史では、大韓帝国は国権を喪失することなく存続しなければならなかったし、3・1運動の結果、大韓民国が成立したはずだった。

 一般に、国家が成立するためには、一定の領域と住民に対して実効的支配を及ぼす政府の存在が不可欠である。中国・上海で設立が宣言された「臨時政府」は、いずれの要件も満たしていなかった。

 何より、それを亡命政府として認めた国は、一定の支援をしていた中華民国(国民党政府)を含めてひとつも存在せず、他国の承認という要件も満たしていなかった。

 第2次世界大戦後、「戦勝国」として51年のサンフランシスコ講和会議に招かれることもなく、「朝鮮の独立」は国際的にはサンフランシスコ講和条約で初めて承認された。つまり、「光復」(解放)は「臨時政府」の軍事部門にあたる「光復軍」などによる「抗日闘争」を通じて自ら勝ち取ったというよりは、日本の敗戦によって「盗人のように(何の前触れもなく)突然やってきた」というのが実態である。

 ()明博(ミョンバク)政権、(パク)槿恵(クネ)政権と2代続いた保守政権が「48年は憲法が制定され、大韓民国が建国された」記念すべき年として、「45年の光復」とともに8月15日に祝うべきだとしたところ、進歩派勢力が「建国は19年であって、48年は政府樹立にすぎない」と大きく反発した。

 建国をめぐる論争は、韓国内で進歩派と保守派の対立の軸を形成しているが、文大統領は政権交代後、ただちに「48年」説を盛り込んだ国定の「正しい歴史教科書」を廃止し、朴前政権による「歴史歪曲」を「正した」。

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