サクラ博士にバッタ博士…すごいハカセが日本にいる

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バッタの大群にまみれるバッタ博士

「バッタ博士」の前野ウルド浩太郎さん。これはペンネームで本名は前野浩太郎だ
「バッタ博士」の前野ウルド浩太郎さん。これはペンネームで本名は前野浩太郎だ

 過去1年間に刊行されたすべての新書から「最高の一冊」を選ぶ中央公論新社主催の「新書大賞2018」は、光文社新書の『バッタを倒しにアフリカへ』に決まった。この本を書いたバッタ博士こと、前野ウルド浩太郎さん(38)は、国際農林水産業研究センター研究員。ご本人がバッタに仮装して登場する本の表紙は、かなりインパクトがある。

 前野さんがバッタ研究の道に進んだ動機はかなり変わっている。「バッタに食べられたい」という<夢>をかなえるためだ。

 小学生時代の前野さんは『ファーブル昆虫記』に感銘を受け、将来は昆虫学者になりたいと思った。ここまではいい。その頃に手にした科学雑誌が、運命を決定づける。その雑誌で前野さんは、バッタが大発生した地を見学していた女性観光客がバッタの大群に襲われ、着ていた緑色の服をバッタに食べられてしまったという記事を読んだ。そのとき、「恐怖」の念ととともに、虫にたかられて「うらやましい」という感情が生まれた。自分も緑色の服を着てバッタの群れに飛び込み、全身でバッタと語り合いたい――。なかなか強烈な志望動機ではないか。

 生物学・農学系の大学院に進んだ前野さんは、アフリカの砂漠地帯でサバクトビバッタが大発生して農作物に重大な被害を及ぼし、住民は飢えに苦しんでいるという情報に触れた。「現地でバッタを研究したい」と前野さんは意を決し、日本学術振興会の海外特別研究員として、アフリカのモーリタニアにあるバッタ研究所へ赴任する。2011年のことだ。

 以来、前野さんは同国に滞在してサバクトビバッタの防除技術を研究しようと意気込んだが、滞在1年目は記録的な干ばつでバッタがまったく発生しなかった。2年目の発生シーズン(例年9月以降)には、同国北部で地平線のかなたまで続くバッタの大群に遭遇し、観察の機会に恵まれる。しかし、大群は国境を越えて地雷危険地帯へと飛び去り、追跡はかなわない。しかも前野さんの撮影した動画を見た研究所のババ所長は、「こんなものは『群れ』と呼ぶには小さすぎる。2003年に大発生したときは群れが500キロ・メートル続いたぞ!」と一蹴される。

 そして、滞在3年目には本格的な大群に遭遇し、飛翔(ひしょう)パターンや食餌行動など様々な観察を行った。そしてこの遭遇では、ついに長年の<夢>を果たせそうな機会が巡ってきた。

「新書大賞2018」に輝いた前野さんの著書
「新書大賞2018」に輝いた前野さんの著書

 前野さんは、飛翔するバッタの大群に身を投げ、全身緑色のタイツ姿になってバンザイの姿勢で立ち続けたのだ。バッタに「食べられる」ことはなくとも、せめて「まみれて」みたい……。しかしバッタたちは、無情にも緑タイツの前野さんを微妙に素通りしていったという。

 バッタに対するここまでの情熱は他の追随を許さない。前野さんに寄せられる現地での信頼も厚い。とりわけバッタ研究所のババ所長は、前野さんの「サバクトビバッタの研究に人生をささげたい。アフリカを救いたい」という言葉に感激し、「ウルド」のミドルネームを与えた。ウルドは「〇〇の子孫」という意味のアラビア語で、モーリタニアで最高に敬意を払われているミドルネームだという。前野さんは読売新聞のインタビューに、「ファーブルのようにペンとノートを武器に研究を続けていく」と語っている。

 どの博士も研究対象に深い愛情を注いでいる。会社勤めのサラリーマンからすれば、好きなことを続けている「この道一筋」の研究生活は、ある意味うらやましいとも言える。ただそれ以上に感じるのは、目先の利益や効率の追求に縛られない<科学する心>を認めることの重要性だ。「こういう科学者たちがいてもいい」と心から思う。ユニークな研究を続ける科学者たちを受け入れる懐の深い社会こそ、科学立国の落日を回避する豊かな土壌になると信じたい。


プロフィル
佐藤 良明(さとう・よしあき)
 読売新聞調査研究本部主任研究員。専門分野は生命科学、医療。科学部次長を経て現職。iPS細胞、ヒトゲノムなど最先端の生命科学や、脳死移植、新型インフルエンザといった医療の分野を中心に取材してきた。「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム」と「読売テクノ・フォーラム」を担当している。

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