年間所得200万円も…弁護士はもはや負け組?

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

日本が訴訟社会にならないワケ

 日本が司法制度改革で目指した、欧米のような「訴訟社会」になるには、まだ時間を要するだろう。

 とりわけ「訴訟大国」と呼ばれるアメリカのような「劇場型訴訟社会」となるのは、かなり先ではないかと筆者は考えている。そもそも日本とアメリカでは、その国民性が大きく違うからだ。

 調整型のムラ社会でもある日本では、争いごとはできるだけ避けようとする。このため、司法という「公の調整役」に対する抵抗感は根強い。友人や親類といった「非公式の調整役」に頼り、「なあなあ」で争いを解決させようとする。とにかく、黒白をはっきり付けることを好まない〈和解型〉の社会だ。

 結局、訴訟は「最後の最後の解決手段」になる。このため、ごく普通に暮らしている市民にとって裁判は縁遠いもので、弁護士は敷居の高い存在という状況は変わっていない。

写真はイメージです
写真はイメージです

 一方、米国はどうか。多民族国家で完全自由競争社会であるがゆえに、何か争い事が起きても、友人、親類らに頼るという発想にはならない。真っ先に頼るのは公正な第三者である司法、すなわち裁判なのだ。

 日本とは異なり、優先すべきはまず自らの権利だ。訴訟を起こすことにもためらいはない。争いが起これば自らと係争相手のどちらが正しいか、黒白をはっきり付けたがる〈判決型〉の社会だ。

 このため、「相談よりも訴訟」という発想が基本だ。そして、訴訟に勝つために腕のいい助太刀である弁護士を探そうという考え方が、すでに社会に根づいている。裁判はごく身近なもので、弁護士は風邪を引いた時に駆け込む医師と同じような存在だ。とにかく市民と弁護士の距離が近いのだ。

人の不幸をお金に……

 先述の通り歴史的・社会的背景もあり、日本が訴訟社会にはなるのは、まだ先だろう。

 ただ、訴訟が増えず、弁護士も生き残りが難しくなっていることから「若手を中心に、示談交渉を中心に請け負う弁護士も増えつつある」(愛知県弁護士会関係者)という。

 「不倫問題を中心に、かつての法曹界の常識では考えられない額の慰謝料を請求し、高額の弁護士報酬を得る」(同上)という“ビジネスモデル”だ。もし主流になれば、これからの日本はビジネスセンスと、顧客を喜ばせるショーマンシップに()けた弁護士による「劇場型示談交渉社会」になるのではないだろうか。

 今後、「人の幸せを第一に考えて働く弁護士」は仕事を失い、「人の不幸をお金に換えることに熱心な弁護士」ばかりが生き残る時代が到来するのではないか。筆者は危惧している。

プロフィル
秋山 謙一郎( あきやま・けんいちろう
 1971年兵庫県生まれ。フリージャーナリスト。経済・金融や行政、労働問題など幅広い分野を得意とする。著書に『弁護士の格差』『友達以上、不倫未満』(以上、朝日新書)、『ブラック企業経営者の本音』(扶桑社新書)、『最新 証券業界の動向とカラクリがよ~くわかる本 第4版』(秀和システム)他、多数。

1

2

3

4

5

無断転載禁止
15408 0 深読み 2018/04/05 07:20:00 2019/01/22 16:02:11 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180403-OYT8I50057-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ