洪水危険、土砂崩れ注意…「地名」は警告する

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「滑ヶ谷」「荒川山」…「埋め河」転じて「梅河」に

西日本豪雨で土砂崩れが発生した広島市安芸区の集落「梅河(うめごう)団地」。「埋め河」が地名の由来との説も(7月8日)
西日本豪雨で土砂崩れが発生した広島市安芸区の集落「梅河(うめごう)団地」。「埋め河」が地名の由来との説も(7月8日)

 広島市安芸区矢野東7丁目では、約60棟の民家の3分の1が土石流にのまれた。40年以上前に造成されたこの地区の住宅団地は、地元では「梅河(うめごう)ハイツ」と呼ばれていた。梅河の地名は「埋め河(川)」に由来し、縁起を担いで「埋め」を松竹梅の「梅」に変えたと伝わる。周辺には「滑ヶ谷」「荒巻」「荒川山」など、崩壊や土砂崩れを表す地名もある。

 住民は以前から市に防災対策を要望し、今年2月に治山ダムが完成したが、土石流はダムを乗り越えた。一帯には避難勧告が出されていたが、ダムができたことで安心し、住民の避難が遅れた可能性がある。ダムの完成時に市側は住民に「これで安心してはいけない」と念を押し、土砂災害特別警戒区域への指定が決まっていた区域もあった。

人柱の伝説も…またも暴れた愛媛「肱川」

ダムの緊急放流であふれた肱川。周辺の多くの集落が浸水した(7月21日、愛媛県大洲市で)
ダムの緊急放流であふれた肱川。周辺の多くの集落が浸水した(7月21日、愛媛県大洲市で)

 愛媛県大洲市や西予市で氾濫した(ひじ)川は、「肱のように屈曲している」「泥土やぬかるみ(ヒジ)が多い」ことに由来する暴れ川。流れ込む支流は400本を超え、最近では1995年と2004年にも大規模な水害を起こしている。

 川の合流点がある大洲盆地も昔から水害の常習地だった。『愛媛の伝説』(愛媛県教委)によると、鎌倉幕府から伊予(愛媛県)の守護に任ぜられた宇都宮豊房(1293~1369)は大洲に城を築こうとしたが、相次ぐ水害で高石垣が崩れて工事が進まず、ついに人柱(ひとばしら)を立てることになった。くじ引きで選ばれたのは「おひじ」という若い娘で、「せめて城下を流れる川に私の名前を付けてほしい」と遺言し、豊房が肱川と名づけたという伝説がある。

 大洲盆地の水害を防ぐために上流には二つのダムが造られたが、西日本豪雨ではダムは満水となり、緊急放流後に川が増水して大洲市と西予市野村町で死者が出た。緊急放流の情報が流域の住民にきちんと伝えられたかどうかについて、国土交通省は検証作業を始めている。

 「深層NEWS」に出演した静岡大防災総合センター教授の牛山素行さんは、「西日本豪雨では幅広い地域が災害に見舞われたが、個々の地点の災害は想定外ではなかった」と分析している。

 大きな被害が出た三つの被災地にはいずれも災害地名があり、災害の伝承もあった。いずれの住民も災害の記憶を持ち、国や自治体も対策を進める努力をしていた。

 にもかかわらず「経験の逆機能」が避難の足を止め、治山ダムの完成が油断を招き、情報伝達が不十分なままの緊急放流が被害を大きくしたとすれば、非常に残念なことだ。しっかり検証して将来への教訓にしなければならない。

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34502 0 深読み 2018/07/30 11:20:00 2018/07/30 11:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180725-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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