故郷の山はどうなる?登山地が抱く「悩みと望み」

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「オーバーユース」自然に親しむつもりが…

 かつての環境保全活動や自然保護運動は、ある意味、わかりやすかった。大規模リゾートやスーパー林道などの開発を計画し、貴重な山や森林を破壊しようとする相手から、守るべきものを守るために力を結集する――という思いを、自然を愛し尊ぶ人たちは共有していた。

白神山地の二ツ森登山口周辺での外来植物除去作業。地域の児童、生徒たちも参加した
白神山地の二ツ森登山口周辺での外来植物除去作業。地域の児童、生徒たちも参加した

 ところが、最近の山を巡る問題は、そうした開発主体というより、むしろ、自然の素晴らしさを認める人たちの行動が原因の一つになっている面がある。自然の価値を認め、積極的に親しもうとする人々の活動が、皮肉にも自然環境への脅威となってしまうのだ。

先述の例で言えば、外来植物の繁茂は、一部の人気エリアに登山者が集まりすぎる「オーバーユース」が一因と考えられている。

 そうした地では、登山靴などに付着して持ち込まれる種子が相当な数に上るうえに、遊歩道や登山道が傷んでコースを外れる人も出て、山林や草地に種子が落ちる可能性が高まるという悪循環だ。

 シカなどによる食害も、林道などを補強する目的で周辺に植えられた外来植物が、山の植生を変えてしまったのが誘引となった面もある。やはり、人の活動が山の生態系に影響を与えたことは否めない。

微妙なバランスで保たれる関係

「人と自然の共生」の例に挙げられる霧ヶ峰の景観(霧ヶ峰草原再生協議会提供)
「人と自然の共生」の例に挙げられる霧ヶ峰の景観(霧ヶ峰草原再生協議会提供)

 ならば、だれも山に立ち入れないような、厳しい規制をすれば良いのか。答えはノーだ。霧ヶ峰の例に見られるように、人が山に入ることで自然のバランスが保たれる面もある。また、山に親しむことで自然の貴重さを実感し、その思いを子々孫々にまで伝えてもらうことも非常に大事だ。二ツ森や大山での活動は、そうした効果が期待されている。

 一方的に「山に入るな」というのもダメなら、一方的に「どんどん山へ」というのもよくない。人と山の関係は、微妙なバランスの上に保たれている。

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36410 0 深読み 2018/08/11 05:20:00 2018/08/11 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180808-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail

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