覇王信長も恐れた?「正倉院」1200年の奇跡

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50回以上?切り取られた「蘭奢待」

正倉院(奈良市)
正倉院(奈良市)

 正倉院の宝物にとって、自然災害や盗賊よりも大きな脅威だったのは政治権力だったのではないか。正倉院の宝物開封は権力者にとって、自らの力を示すセレモニーでもあった。名だたる権力者が正倉院に入り、勅封を解いて宝物を見ている。見物のついでに持ち出され、行方不明になってしまった宝物も少なくない。

 特に有名なのは天下の香木とされる伽羅(きゃら)黄熟香(おうじゅくこう)」(今回は非展示)だろう。文字の中に「東」「大」「寺」の名を隠した「蘭奢待(らんじゃたい)」の別名なら、知っている人も多かろう。

 足利将軍家では義満、義教、義政、そして織田信長、明治天皇らが切り取った記録があるが、薬学史に詳しい米田該典(かいすけ)さんの調査によると、合わせて38か所の切り取り痕が判明している。同じか所で何度も切り取られた痕跡もあり、50回以上切り取られた可能性もあるというから、記録にない権力者が切り取ったことも十分に考えられる。

 例えば徳川家康は、部下に正倉院の宝物調査をさせ、宝物を保管する容器(慶長(びつ))を寄進している。公式記録の『慶長十九年薬師院実祐記』は「蘭奢待の現物は確認したが、切らなかった」と記している。だが、徳川方の『武徳編年集成』には「切った」とあり、公式記録にわざわざ切らなかったと記しているのは、かえって怪しいという説もある。豊臣秀吉に至ってはまったく記録がないが、何事も信長をまね、茶の湯に凝っていた秀吉が蘭奢待を切らない方が不思議ともいえる。

織田信長も正倉院の宝物に敬意を払っていた
織田信長も正倉院の宝物に敬意を払っていた

 なお、信長の蘭奢待切り取りは、朝廷に自らの力を誇示するために行われた、とされてきたが、信長は正規の手続きを踏み、専横の振る舞いととられるのを嫌って自身は正倉院に出向いていない。歴史研究者の桐野作人(さくじん)さんは、「信長は切り取った蘭奢待を天皇に献上しており、朝廷への圧迫や示威とは正反対の動きだった」(『織田信長』)と分析している。信長が正倉院の宝物に敬意を払っていたのは間違いない。

1200年以上続く「永久保存」

 鴎外や奈良の人々が奈良や正倉院の宝物に「夢」や「希望」を見いだしたのは、1200年以上前の宝物の輝きをじかに見て、そのすごさを感じたからだろう。エジプトや中国にも後世に宝物を残した例はあるが、保存手段は土に埋め、人の目から遠ざけることだった。だが、正倉院の宝物は1200年以上前に「永久保存版」とすることが宣言され、人の手によって、ずっと地上の倉庫で守られてきた。

 正倉院事務所の元所長、杉本一樹さんによると、世界中を見ても、こんな例は正倉院しかないという(『正倉院 歴史と宝物』中公新書)。しかも、今は期間限定ながら、その宝物を誰でも間近に見ることができる。やはりすごいことだ。

 これまでの70回にわたる正倉院展で公開された宝物は約9000件の4分の1に過ぎない。宝物は一度公開したら、その後10年間は休ませるという。毎年正倉院展に通っても、すべての宝物を見ることは不可能だ。

 奈良では約300年ぶりに再建された興福寺中金堂の一般公開が10月20日に始まり、改装中だった東大寺ミュージアムも大スクリーン映像ブースを備えて9月に再開している。正倉院展は12日まで開かれている。鴎外が見た「夢の国」=秋の奈良には歴史ファンならずとも足を運ぶ価値がある。

プロフィル
丸山 淳一( まるやま・じゅんいち
 読売新聞東京本社経済部、論説委員、経済部長などを経て、熊本県民テレビ報道局長から読売新聞編集委員・BS日テレ「深層NEWS」キャスターに。経済部では金融、通商、自動車業界などを担当。東日本大震災と熊本地震で災害報道の最前線も経験した。1962年5月生まれ。小学5年生で大河ドラマ「国盗り物語」で高橋英樹さん演じる織田信長を見て大好きになり、城や寺社、古戦場巡りや歴史書を読みあさり続けている。

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47660 0 深読み 2018/11/03 07:00:00 2018/11/03 07:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181101-OYT8I50055-T.jpg?type=thumbnail

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