ここまですごい!ノーベル賞・本庶さんの素顔

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 ノーベル賞の授賞式が10日(日本時間11日)、スウェーデンのストックホルムで行われる。生理学・医学賞を受賞する (ほん)(じょ)(たすく) ・京都大特別教授(76)は、研究業績が抜群で、早くからノーベル賞の有力候補だった。学生時代の勉強、科学者になってからの成果、そして私生活にまつわるエピソードを通して、本庶さんのすごい「素顔」を紹介しよう。

上級生も太刀打ちできない成績

ストックホルムで記者会見する本庶さん(6日)
ストックホルムで記者会見する本庶さん(6日)

 本庶さんがインタビューに応じる形で自分の半生を振り返った文章が、「()づるの話。」(中村桂子編)という書籍に掲載されている。それによると、山口県宇部市で小学校から高校時代を過ごした本庶さんは、小学生の頃、「家に帰ってすぐ遊べるように、授業中に教科書は自分で読んで、宿題もその場でやってしまい、先生の話など聞いていなかった」という。「今大人になって思えば、さぞかし小生意気で扱いにくい生徒だったのでしょうね」と振り返る。

 すごいのは、この後だ。

 中学校で「俄然(がぜん)、勉強が面白くなった」という本庶少年は、高校受験のための全国模擬試験を受けた。結果は「県で10番以内に入った」。実はこれ、中学2年生の時のエピソード。1学年上の3年生と競っても超優秀な成績をあげていたのだ。

 本庶さんのノーベル賞受賞が決まった際、県立宇部高校の元同級生が当時の思い出をスポーツ紙の取材に語った。全学年統一の実力テストで、1年生なのに校内10番以内だったという突出した学力を持っていたそうだ。別の元同級生の「(本庶さんは学力で)別格の存在」という言葉も大いにうなずける。

抜群の英語力

 英語に関してもエピソードがある。

 本庶さんは中学2年生の頃、「将来英語は必要になるから」という父親(当時、山口大医学部教授)のすすめで、ハワイ出身の日系人に英会話を習い始めた。約5年間これを続けたことで、高校を卒業する時点で英語がペラペラ。「その後あらゆる場面で英語の心配をせずにすんだ」と振り返っている。2018年の今なら、英語を滑らかに話す高校生はちっとも珍しくない。しかし、話は1960年、約60年も前のことだ。親が医学部教授という恵まれた家庭だったことを考慮しても、地方在住の高校生としては飛び抜けた存在だろう。

 

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52959 0 深読み 2018/12/10 10:15:00 2018/12/10 10:15:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181207-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail

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