アホウドリ再生…孤島での“孤闘”が起こした奇跡

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「僕がアホウドリを再生していく」

鳥島のアホウドリ繁殖状況を解説する長谷川博さん(今年6月、東京都内で)=河村道浩撮影
鳥島のアホウドリ繁殖状況を解説する長谷川博さん(今年6月、東京都内で)=河村道浩撮影

 アホウドリの存在に再び目を向けたのは、英国の鳥類学者ランス・ティッケル博士だった。73年、鳥島を調査した同博士は、24羽のヒナに個体識別用の足環(あしわ)をかけた。その後、京都大学に立ち寄り、レクチャーをした。

 当時、京大の大学院生だった長谷川さんは、博士の活動に感銘を受け、手紙のやり取りをするようになった。博士は、手紙でアホウドリの研究を日本人の手で行うべきだと伝え、長谷川さんもそれに応えようと決意した。

 「日本人の僕が何かしないといけないと思った」と長谷川さんは振り返る。76年、長谷川さんの「たった一人の奮闘」が始まった。

 その年、東京都の漁業調査船に乗せてもらったが、鳥島への上陸はかなわなかった。初めて鳥島に上陸し、現地を調査したのが翌77年。たった3日間の調査だったが、成鳥と若鳥が合わせて71羽確認された。

 しかし、再生のカギを握るヒナは15羽だけだった。死んだヒナが4羽もいた。ティッケル博士の4年前の調査では、ヒナは24羽いた。長谷川さんは、「ヒナの数を増やさないと将来、アホウドリはいなくなってしまうと思った」と話す。

 「僕がアホウドリを再生していく」。長谷川さんは、アホウドリの再生をライフワークにすると決意した。

 そうはいっても、まだ若く、研究者としての実績もなかった長谷川さんを支援してくれる人や機関はなく、使える資金もなかった。漁業調査船は年間スケジュールが決まっていて、繁殖期に鳥島に行くことはできない。

 文部省(現・文部科学省)などの公的資金も、野生生物保護といった長期にわたるプロジェクトにはあまり向かなかった。長谷川さんは、一般の人や子供向けの本などを書き、講演を行い、その印税や講演料などを基金にして、アホウドリ保護のために使うことにした。

そして、国が動いた

 長谷川さんが用意した基金は、八丈島から約300キロ離れた鳥島に渡る漁船のチャーター代のほかに、ゴムボート、カメラなどの道具費用に充てられた。毎年2、3回、鳥島に上陸し、保護活動ができるようになった。

 アホウドリの繁殖期に当たる11月上旬から12月下旬にかけて、つがいや卵の数を数え、行動を観察した。3月下旬には、ヒナに個体識別の足環を付けた。さらに、6月の繁殖地の整備では、火山(れき)が多く、安定しにくい営巣地に草を植え、土砂が流れ出さないようにネットを張るなどの土木作業をした。その後、大学で職を得た長谷川さんは、休暇をすべて使って鳥島に渡るようになった。

 こうした地道な調査が、ついに行政を動かすこととなった。

 長谷川さんの提案を受け、環境庁(現・環境省)と東京都は81、82の両年、営巣地を安定させるためハチジョウススキやイソギクの株を植えた。長谷川さんは、「これによりヒナの死亡率が減り、卵からヒナになる繁殖率が44%から67%にまで上がった」と説明する。

 

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55439 0 深読み 2018/12/17 12:45:00 2018/12/17 12:45:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181214-OYT8I50030-T.jpg?type=thumbnail

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