アホウドリ再生…孤島での“孤闘”が起こした奇跡

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

災い転じて…新コロニー誕生

 その後、鳥島を災厄(さいやく)が襲った。

 87年、大型台風の大雨による地すべりで、コロニーに大量の泥流が流れ込んだ。ハチジョウススキなどは枯れ、卵やヒナは流されたり、埋まったりして、繁殖率が50%を切ってしまった。

 ところが、この災厄が、アホウドリ保護の大きな転機となる。長谷川さんは、環境庁に、旧コロニーを再整備していくことと、新しくコロニーを作っていくことの必要性を訴えた。その結果、かつてのコロニーを修復しつつ、新たなコロニーを成立させる計画が決まった。

 環境庁と東京都は93年、ヘリコプターを使うなどして重機を鳥島に持ち込み、砂防工事を行い、翌94年から2004年まで土砂の除去を続けた。その結果、繁殖率は元の水準に回復。1999年4月、総個体数も1000羽を超えた。復活の足取りは確かなものになった。

耐えて、待って、撮った写真は…

 新コロニーは、島北西の緩やかな斜面に作ることになった。長谷川さんは92年から、山階(やましな)鳥類研究所(千葉県我孫子市)の協力を得て、鳥島にアホウドリの実物大模型(デコイ)を設置。アホウドリの鳴き声などの音声を流し、若鳥を呼び寄せようとした。この方法は、あまり前例がなく、ほかの専門家らは「うまくいくのか」と懸念していた。

 しかし、そんな懸念は3年後、振り払われた。95年11月、新コロニーで初めての産卵があったのだ。

 努力の結晶ともいうべき卵を確認するために、長谷川さんが撮った写真は、「ピンボケ」だった。

 島には雨が降り、風も吹いていた。親鳥もなかなか巣から立ち上がらない。長谷川さんは、離れた場所から500ミリの望遠レンズを付けたカメラをじっと構え続けていた。中には高感度のASA100のフィルムを入れてあった。吹き抜ける風が、()れた体から体温を奪っていく。指もかじかんだ。

 「親鳥が立ち上がった瞬間にシャッターを押したけどブレてしまった。興奮していたし、寒かったからなあ」。長谷川さんは、思い出して笑う。

鳥島に住むアホウドリ=河村道浩撮影
鳥島に住むアホウドリ=河村道浩撮影

 ともあれ、初の産卵まで5年はかかるとみていたのに、3年で達成できたのは予想外の出来事だった。

 新コロニーでは、つがいが順調に増え、2006年にデコイと音声を流す装置が撤去された。17年には590羽が確認され、341個の卵から267羽のヒナがかえった。

 旧コロニーでも同じ時期に341羽のヒナが巣立っている。ただ、「旧コロニーは、繁殖地としての限界に近づいている。あと、2、3年もすると、新コロニーのつがいの数が旧コロニーのそれを上回るだろう」と予測する。

 

1

2

3

4

5

無断転載禁止
55439 0 深読み 2018/12/17 12:45:00 2018/12/17 12:45:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181214-OYT8I50030-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ