勝手に家に入る…「放置子」が親元に帰らないワケ

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児童相談所への連絡は“告げ口”ではない

 では、放置子への対応はどのようにすればよいのでしょうか。

 放置子に手を差し伸べるには覚悟が必要です。中途半端な気持ちで受け入れてしまえば、放置子の距離感のなさにすぐに息苦しさを感じてしまうことでしょう。途中で耐え切れなくなり、追い返すようなことになれば、子どもは、いったん受け入れてもらえたと思った大人から拒否されることで、余計傷つくことになります。

 放置子を救うための個人の対応には限界がありますから、専門的な外部機関に通告することが大切です。

 児童虐待防止法では、児童虐待を受けたと思われる子どもを発見したら、児童相談所(児相)などに連絡しなければならないことになっています。児相は連絡を受けたら、48時間以内に生命の危険がないか、虐待の有無の確認を行います。

 人によっては、通告することは告げ口をするようなものだと思い、躊躇(ちゅうちょ)してしまうかもしれません。しかし、連絡がなければ、虐待の発見にはつながりません。連絡した放置子が仮に児童虐待のケースではなかったとしても、連絡した人が責められることはありません。連絡がなければ、不適切な養育環境に生きる子どもたちを発見する機会が失われます。連絡が虐待児童を救い出し、適切な環境で育つチャンスを与えることにつながる可能性もあります。見て見ぬふりをするのではなく、勇気を持って児童相談所の全国共通ダイヤルである「189(いち・はや・く)」に通告すべきです。

放置子を生み出す背景…親は「子育てより自分」

画像はイメージです
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 放置子を生む社会的背景についても考えてみます。

 子どもを育てるのは手間暇かかることであり、「親になる」ことは、必ず自己犠牲を伴うものです。しかし、親の中には、我が子の幸せや周囲の迷惑などは頭になく、ひたすら自己中心的な人がいます。

 2017年10月に埼玉県桶川市で1歳1か月の男児が十分な食事を与えられないなどのネグレクトの末に死亡したケースでは、親は携帯ゲームやオンラインゲーム、出会い系サイトで遊ぶのに夢中になり、基本的な育児すら放棄していました。母親は読売新聞の取材に対し、当時の心境を、「ゲーム上の友人とのチャットの方が子どもより大切になっていた」と話しています。

 こうしたケースを見ていると、自分の時間や生き方より、まず、子どもの養育を優先するという「親」意識の育成が社会の中でうまくいっていないのではないかと感じます。

「親意識」を育てる場が少ない社会

 では、「親意識」は誰が、どこで育てるべきなのでしょうか。本来は親が子に教えるものですが、それが行われない場合は、代わりに誰がそれを担うのでしょうか。

 学校教育では学問を学び、一人ひとりが望ましい職業観を身につけることに重点が置かれています。自分の可能性を最大限に引き出すための支援が中心で、学校では「親教育」はあまり意識されてはいません。核家族化が進み、地域のコミュニティーも壊れ、親以外の大人が他人の子どもに深いかかわりをもつ場面は少なくなりました。

 日本では「親になる」ことはどういうことかを学ぶ場所、機会はどんどん失われてきているのです。

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60471 0 深読み 2019/01/16 18:00:00 2019/02/05 16:16:06 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190116-OYT8I50081-T.jpg?type=thumbnail

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