「居酒屋御三家」あの看板を最近見ないワケ

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「御三家」躍進の時代

 居酒屋業界のチェーン化が本格的に始まったのは、「外食産業元年」と呼ばれる1970年以降のことだ。この年に開かれた大阪万博の会場内のレストランなどで、毎日、大量のステーキやハンバーグが注文され、「飲食業が大規模な産業になる」ことが確実視された。

 そんな中、ビールや日本酒などの提供をメインに、料理も手がける「総合居酒屋」が躍進を始める。そのパイオニア的な存在が養老乃瀧だ。

養老乃瀧(東京都台東区で)
養老乃瀧(東京都台東区で)

 同社は戦前、長野県内で食堂業としてスタートし、56年12月、横浜市に「大衆酒蔵 養老乃瀧」の第1号店をオープンした。大衆食堂と酒場をミックスしたような業態で、当初は24時間営業で大繁盛した。従業員が食事をとる時間もないほど混雑したため、時間がかかる料理メニューをやめて、手軽な「居酒屋メニュー」にシフトしていった。これが「総合型居酒屋」の元祖とされる。

 高度経済成長の波に乗り、「会社帰りに少々飲んで空腹も満たす」というサラリーマンたちのニーズに応えた。FC加盟を広く呼びかけ、私鉄沿線の駅の近くなどに店舗を展開、73年には1000店舗を達成。その後も「全国2000店舗」を目標に掲げ、90年代後半から2000年代にかけては郊外への進出に力を入れた。

 「村さ来(むらさき)」も、御三家の一角を占めたチェーンだ。画期的だったのは、若者をターゲットに低価格をアピールするため、「マージンミックス」という仕組みを採用した点だ。

 マージンミックスは、原価率が低く、利益率が高い商品と、その逆の「薄利多売」型の商品を両方販売することで利益を上げる手法だ。原価率の高いビールを手ごろな値段で売る一方、原価率が低く高収益商品の「酎ハイ」(焼酎に柑橘(かんきつ)系などのシロップを足したサワー)を開発、ブームを巻き起こした。

村さ来(東京都中央区で)
村さ来(東京都中央区で)

 酎ハイのブームに火を付けたのは、村さ来の創業者、清宮勝一氏(故人)だ。開発した酎ハイは120種類以上。若者を中心に人気が広がり、80年代前半には、日本酒やウイスキーに代わって消費量を増やし、ビールに次ぐ定番商品となった。

 70年代半ばまでは6~7店舗しかない小規模チェーンだったが、マージンミックスにより、低価格でも高収益を確保するビジネスモデルを構築し。80年代後半から90年代にかけ、900店舗に迫る勢いで成長した。

 そして、御三家の残る一角が「つぼ八」だ。73年、石井誠二氏が札幌市のパチンコ店の2階の飲食フロアで創業。この店舗の広さが8坪だったことから「つぼ八」と名付けられたエピソードはよく知られている。

 創業当初は、若いサラリーマンなどに照準を合わせ、「全品150円均一」の価格設定を売りにした。これにより、第2次オイルショックで景気が停滞する中でも顧客を増やした。まず、札幌を中心にチェーンを拡大。大繁華街のすすきのに300坪500席という国内最大の居酒屋を開店して話題となった。82年には商社・伊藤萬(その後イトマンに社名変更、1993年に住金物産〈現日鉄住金物産〉が吸収合併)と合弁で「つぼ八東京本社」を設立し、全国にチェーン展開。82年からの5年間で、FCを中心に400店舗を出店した。

御三家のたそがれ

 しかし、これらの総合型居酒屋3チェーンはその後、いずれもが衰退への道を歩んでいくことになる。

 村さ来は、90年代初めのバブル崩壊を受けて経営破綻。その後、経営権は転々とし、現在は学習塾などを展開するジー・コミュニケーションと、業務用スーパーの神戸物産を親会社に持つジー・テイストに買収され、約150店舗のチェーンとして営業を続けている。

 郊外型店舗の拡大に力を入れていた養老乃瀧には、車で来店する客も多かった。酒類の提供をメインにしていたことで、2000年代以降の飲酒運転の規制強化が響き、一時は年間100店舗以上の閉店を迫られる事態にまで追い込まれた。

 つぼ八の現状は冒頭で紹介した通りだが、経営権をめぐる混乱が続き、伊藤萬がつぼ八東京本社の増資を繰り返し行い、87年には事実上買収。創業者の石井氏は社長を解任された。これが、つぼ八のその後の成長に影を落とした。

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473433 0 深読み 2019/03/07 07:00:00 2019/03/07 11:33:13 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190304-OYT8I50007-T.jpg?type=thumbnail

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