安くて安全な「日本の水」は守られるのか
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水道事業の民間参入に道を開く改正水道法が成立した。予算や人手の不足により、各地で水道事業が危機に
オーナーとマネジャーの関係

昨年12月の改正水道法の成立は、日本の水道にとって大きな節目となる出来事だった。この法改正で、水道事業に民間企業が参入する法的な枠組みが、ほぼ完成したからだ。
もっとも、公営が当たり前だった水道事業に民間参入を促す改革は、昨日や今日に始まったことではない。20年にわたる改革の積み重ねの結果でもある。
改革の出発点は、バブル崩壊後に構造改革の必要が叫ばれる中、1999年に成立した「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)」だった。
改正水道法で想定される民間参入の形態は、2011年のPFI法改正で導入された「コンセッション方式」である。公共施設の所有権を自治体が保有し続け、経営を民間企業に委託するもので、自治体と民間企業が店舗経営などにおけるオーナーとマネジャーの関係になる。所有権も民間に譲渡したJRやNTTなどの場合とは形態が違う。
水道事業を民間に委託するかどうかの決定は自治体に委ねられているが、コンセッション方式を普及させるため、政府は多くのお膳立てをしてきた。13年には100億円以上を拠出して、民間企業の参入を促す官民連携インフラファンドを発足させている。
今回の法改正は、自治体の垣根を越えた水道事業の広域化を市町村に促すことに主眼が置かれているが、同時にこれは民間業者が参入した場合に利益をあげやすくするためのものでもあり、一連の改革はこれをもって一段落ついたといえる。
先行きが不安な日本の水、海外メジャーが熱視線

なぜ、水道事業に民間企業の参入を促すのか。これに関して政府は、水道事業の存続が危ぶまれている点を強調している。
日本の水道は、料金の安さ、普及率、メンテナンスの質の高さなどで、世界屈指の水準にある。国土交通省の調べによると、水道水をそのまま飲める国は世界で13か国しかなく、日本はそのうちの一つだ。一方で例えば、東京の水道料金は、ニューヨーク、ロンドン、パリなどのおよそ半分の水準にとどまる。
ただし、世界に誇れる安くて安全な「日本の水」は、非常にもろい基盤の上に立っている。国内のあらゆるインフラと同様、水道も老朽化が進んでおり、法律で定められた耐用年数を過ぎた水道管は全体の約15%に上る。
しかも、耐震補強された水道管の割合は37%程度にとどまる。昨年6月に大阪北部地震が起きた時には最大9万戸が断水した。この一方でメンテナンスに投じる資金は不足しがちで、1998年に1兆8000億円を超えていた水道事業関連の投資額は、2013年には1兆円を割り込んでいる。
投資に向ける資金が十分でない背景には、人口減少がある。水道事業は独立採算が原則だ。全体の水道使用量が減れば、本来、1世帯当たりの負担額は増えるはずである。ところが、水道が危機的状況にあるという認識は広く共有されておらず、料金の大幅な引き上げには抵抗も大きい。その結果、必要な投資を行うための資金が不足するのである。
この状況を打開する切り札として、政府は民間の参入を促している。民間業者に業務を委託することで、経営が効率化され、資金や人員の不足分を補うことが期待できる。自治体の財政負担は軽減され、利用者には質の高いサービスが提供できるというのが、政府の描いた青写真だ。
ただし、水市場の開放によって参入が見込まれるのは、日本企業だけではない。水道事業への民間参入は世界各地で進んでおり、水道経営に特化した企業も珍しくない。
とりわけ「水メジャー」と呼ばれる欧米の巨大な水企業にとって、水道の公営が長く維持されてきた日本は、将来の可能性を秘めた「未開拓地」である。
これから水道を普及させる必要がある発展途上国とは違って、日本ではすでに完成した水道システムが利用できる。トイレでは温水便座を使い、毎日風呂に入るなど、水を多く使う日本人の生活習慣も、水メジャーには魅力的に映る。日本の水道料金は世界的に見れば割安だが、これは値上げの余地があるということでもある。
このように、日本の水市場は水メジャーにとって「おいしい」市場になる可能性がある。水道法の改正に先立ち、フランスのヴェオリア社やスエズ社など、著名な水メジャーのいくつかはすでに日本に上陸している。