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    芸能

    原節子さん追悼 気高きが罪

    作家 昭和倶楽部主幹 藤田 武司
     「銀幕の女神」は静かに天へ翔けていった--。清純派の美人スターとして戦前戦後を通じて活躍した伝説の女優、原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが、9月5日に肺炎のため死去していたことが分かった。95歳だった。「平凡パンチ」「anan」などの編集に携わった作家で昭和倶楽部主幹の藤田武司氏(72)が故人をしのんだ。

     

    • 原節子さん(昭和倶楽部提供)
      原節子さん(昭和倶楽部提供)

     子供の頃、原節子の映画はたいてい3本立ての1本として見ていた。私の目当てはチャンバラや喜劇、母や姉は文芸作やメロドラマなのだが、双方の望みを(かな)えてくれるのが複数興行のありがたさだ。しかも2本立ての封切り館より入場料が安い。そして、目当てではなかった作品に感動し、涙することも珍しくなかった。小津安二郎監督の「東京物語」もそうした一本で、学生時代このかた何度も見直すことになった。

     「東京物語」と称しながら、この映画は広島県の尾道(おのみち)から始まる。東京で真っ先に登場するのは勢いよく黒煙を噴き上げる煙突のアップ。眺める位置によって3本にも5本にも見えるという「千住のお化け煙突」だ。続いて人けのない駅のホーム。駅名標は下半分しか見えないが、左右に「うしだ」「かねがふち」と読めるから、ここは東武伊勢崎線の堀切(ほりきり)と知れる。いずれも東京らしからぬ東京だ。

     そのいささか寂莫(せきばく)とした大都会で、息子や娘の家を訪ねた田舎者(いなかもの)の老父母は次第にたらい回しされるようになる。ただ一人親身(しんみ)になってあちこち見物させるのが戦死した息子の嫁……さあ、ここで原節子の登場だ。

     実はこの映画の撮影に入る直前、彼女は義兄の熊谷久虎が監督する「白魚」に出演し、御殿場(ごてんば)のロケ現場で、実兄のカメラマン・会田吉男が列車で事故死するのを目撃している。悲嘆を押し隠しての名演技だったのだが、そんなこととは露知らず、

     「ああ、あんな女性と一緒に暮らしたい」。

     私のみならず、仲間の誰しもがそう思った。

     もっとも「青い山脈」の知的な女学校教師がよく似合う女優さんだ。堂々としている。立派でありすぎる。それでは津島恵子か若尾文子、それとも星由里子や大空真弓かと叶わぬ夢を追ううちに社会の波にもまれ、とかく理想と現実は一緒に並んで歩いてくれないことを自覚するに及んだ。

     原節子が「銀幕の恋人」と呼べるような身近な存在でなかったことは、何も彼女の責任ではない。やはり年齢差だろう。すでに確立した円熟期の女性に見えて、戦後の少年にはまぶしすぎたのだ。それでは若い日の彼女はどんなだったか、少し記録を辿(たど)ってみよう。

    2015年11月27日 12時08分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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