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    生活

    ウナギの受難 生きづらくなった日本の川

    中央大学理工学部人間総合理工学科教授 鷲谷いづみ
     暑い季節が近づくと、無性に食べたくなる味。それはウナギだ。しかし、そのウナギが最近、めっきり捕れなくなった。いまや、絶滅の瀬戸際をかろうじて泳いでいるのだ。その原因は稚魚のシラスウナギの乱獲だと多くの人が考えているが、それだけではない。ウナギにとって日本の河川・湖沼は、生活するには劣悪な環境になってしまった。これからもウナギと付き合っていくためには、どうすれば良いのだろうか。その処方箋について、日本の保全生態学を 牽引 ( けんいん ) してきた中央大学理工学部人間総合理工学科の鷲谷教授に寄稿してもらった。

    伝統的な食文化もいまや風前の灯火

    • 丁寧に焼き上げられるウナギ。高根の花になった
      丁寧に焼き上げられるウナギ。高根の花になった

     ニホンウナギ(ウナギ)は、古来、私たち日本人の食文化において重要な役割を果たしてきた。太平洋側の各地の縄文遺跡からはウナギの骨が出土しており、ウナギが縄文の人々の食生活を豊かにしていたことをうかがわせる。古代にもウナギが夏の滋養ある食べものと認識されていたことは、万葉集の「石麻呂にわれ物申す夏(やせ)に良しといふ物そ(むなぎ)取り()せ」という大伴家持の歌からもうかがわれる。

     盛夏にウナギを食べる慣習は、時代によって形を変えながら今日まで続いてきた。しかし、その伝統的な食文化は、今では風前の灯火(ともしび)ともいえる状態におかれている。

     数十年前までは、ウナギがのぼりそうな川の(ほとり)には、ウナギを食べさせる店が見られるのが普通であった。河畔のウナギ屋では、店主自らが漁獲したウナギを(かば)焼きにして出していた。しかし、ウナギ漁が振るわなくなり、養殖ウナギを出すようになり、ついには廃業を余儀なくされた店も少なくないようだ。

     そのことに象徴されるように、ヒトの世代にして2~3世代程度の短期間のうちに日本列島におけるヒトとウナギの間の関係は大きく変化した。放流がなされるにもかかわらず、ウナギの成魚の漁獲量が減り続け、養殖用のシラスウナギの漁獲も若干の変動はありながらも減り続けている。当然のことながら、国産ウナギの値段は高騰し、庶民が口にすることが難しい状況が続いている。そして、それは同時に、野生生物としてのウナギが絶滅リスクにさらされているということを意味する。

    絶滅リスクはパンダ並み

    • 絶滅危惧種に指定されたニホンウナギ
      絶滅危惧種に指定されたニホンウナギ

     そのような現状から、2013年に環境省は、ニホンウナギをレッドリストに絶滅危惧IB類のランクを付して掲載した。追って、IUCN(国際自然保護連合)の14年のレッドリスト(IUCN Red List of Threatened Species 2014.1)にも、ニホンウナギは、Endangered(絶滅危惧IB類)」として掲載された。このIB類という絶滅リスクのランクは、ジャイアントパンダと同等の絶滅リスクを意味する。すなわち、ニホンウナギは、国際的にも絶滅リスクが相当程度高い生物種として評価されているのである。

     ニホンウナギが絶滅危惧種としてレッドリストに掲載されたことは、大きな反響を呼んだ。しかし一般の関心は、マスコミの報道を見る限り、「ウナギを食べ続けることができるか」「ウナギはさらに高価なものになるのか」といったものにとどまっているように思われる。野生生物としてのウナギの絶滅リスクを、私たちにとってさまざまな問題をもたらす可能性のある淡水生態系の憂慮すべき問題として理解している人はそれほど多くはなさそうだ。

     しばらく前まで、ウナギの科学研究も、水産資源としてのウナギの水産学にとどまるものであった。ウナギを野生生物として捉え、その自然史・生態に関する知見を豊かにしようとする研究はほとんど実施されてこなかった。しかし、生態の科学的な理解が不十分では、保全に有効な適切な方策を立てることはできない。

     そこで遅ればせながら、「保全と持続可能な利用」という新たな社会的な目標のもとで、野生生物としてのウナギの自然史・生態を理解するための科学的な営みが始まった。それが、科学的基盤にもとづき、社会的な状況にも目配りしながら問題解決の途を探る「ウナギの保全生態学」である。

     

    2016年05月18日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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