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    文化

    没後20年、ロングセラー続ける星野道夫の秘密

    メディア局編集部 伊藤譲治

    『イニュニック』をグラフィック誌「マザー・ネイチャーズ」に連載

    • 氷の世界に生きるホッキョクグマの親子(撮影:星野道夫 写真提供:星野道夫事務所)
      氷の世界に生きるホッキョクグマの親子(撮影:星野道夫 写真提供:星野道夫事務所)

     星野道夫に目をとめたのは、松家が早かった。自然と人間をテーマにしたグラフィック誌「マザー・ネイチャーズ」を新潮社が90年に創刊する際、写真家として迎えたいと松家が考えたのが岩合光昭と星野道夫の二人。星野は写真集『グリズリー』で第3回アニマ賞を受賞し、写真集『ムース』を出したばかりの新進気鋭の写真家だった。

     創刊号は星野がライフワークにしていたカリブーをテーマに選び、撮りためていた作品を掲載。第2号から「イニュニック」というタイトルでエッセーを計6回連載した。「イニュニック」とはイヌイットの言葉で「生命」を意味する。タイトルは星野の発案だった。サブタイトルは「アラスカ定住日記」で、90年にアラスカ・フェアバンクスに家を建ててから93年秋までの話がつづられている。自然も描かれるが、主としてその中で生きる人々の物語を追った。年2回発行だった「マザー・ネイチャーズ」は月刊誌「シンラ」に変わり、星野はここで遺作『ノーザンライツ』を連載することになる。

     原稿の受け取りは、当時、普及し始めたばかりのファクスを使った。星野はいつも横書きで、万年筆で書いた原稿をアラスカの自宅から送ってきた。「自分が経験したことの意味を、時間をかけて自分の中で発酵させ、わかりやすく伝えてくれた。透明感のある文章で、経験という裏打ちがなかったら到底出てこないような文章だと思う」と松家は語る。紀行文学の傑作とも評される「ハント・リバーを上って」など3編を新たに書き加え、93年12月、単行本として出版した。

     <私たちは、この土地を波のように通り過ぎてゆくカリブーの神秘さに魅かれていた。その上でニックは、一頭のカリブーの死は大きな意味をもたないと言う。それは()え変わる爪のように再び大地から生まれてくるのだと……。「追い詰められたカリブーが、もう逃げられないとわかった時、まるで死を受容するかのように諦めてしまうことがあるんだ。あいつらは自分の生命がひとつの(つな)ぎに過ぎないことを知っているような気がする」>(「ハント・リバーを上って」から)

     『イニュニック』を読んだ湯川は、星野の到達した自然観や死生観に強い衝撃を受けた。

    2016年08月09日 16時34分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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