[憲法70年・上]最大のナゾ…「9条」発案したのは誰?

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 日本国憲法は5月3日、施行70周年の憲法記念日を迎える。日本と世界が大きく変化を遂げたこの間、憲法は一字一句も姿を変えずにきた。70年前の憲法制定時から現在に至るまで、憲法の未解決となっている問題について、読売新聞調査研究本部で憲法を担当する舟槻格致主任研究員が考える。

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マッカーサー元帥か幣原喜重郎首相か

マッカーサー元帥(撮影日不明)<上>と幣原喜重郎首相(1945年10月9日撮影)<下>
マッカーサー元帥(撮影日不明)<上>と幣原喜重郎首相(1945年10月9日撮影)<下>

 日本国憲法制定史の最大のナゾの一つとされているのが、「戦争放棄を定めた憲法第9条を発案したのは、いったい誰か?」という問題だ。

 発案者に関しては、連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥説、幣原(しではら)喜重郎首相説のほか、マッカーサー・幣原合作説、天皇説、吉田茂外相説、などの諸説がある。このうち特に有力な説として論争が続いているのが、マッカーサー説と幣原説だ。

 9条発案者の問題は戦後、憲法改正のイデオロギー論争とも結びついて語られてきた。発案したのが外国人なのか日本人なのかは、憲法の「出自」にかかわると見られてきたからだ。もしマッカーサーだとすれば、「日本国憲法はやっぱり連合国軍総司令部(GHQ)の押しつけで作られた」という見方が強まり、「だから早く改正しなくては」という意見に傾きやすい。幣原ならば「憲法の最重要条項の一つである9条の起源はわれわれ日本人だ。決して卑屈になる必要はない」と考えられ、「だから憲法は改正しなくてよい」と主張するのに好都合だ。

 そのため、マッカーサー説=いわゆる「改憲派」、幣原説=いわゆる「護憲派」という図式で、両陣営が証拠をぶつけ合って綱引きを演じ、憲法論議の不毛さのシンボルの一つともなってきた。

 例えば、東京新聞は2016年8月12日の朝刊1面で、幣原説を補強する新たな史料(書簡)が見つかったという記事を掲載した上で、「史料が事実なら、一部の改憲勢力が主張する『今の憲法は戦勝国の押しつけ』との根拠は弱まる」とコメントしている。これに対し「改憲派」の憲法学者がその後、「史料は新しいものでないし、幣原説の裏付けにならない」と反論するといった具合だ。

 そんな中、憲法制定史研究の第一人者として知られる古関彰一・独協大名誉教授が最近、憲法制定史を解説した著書『日本国憲法の誕生』(岩波書店)の増補改訂版を取りまとめ、その内容が注目されている。というのも、慎重な検討の結論として、マッカーサー説に軍配を上げているからだ。

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