「脱走常習」の高安を大関昇進に導いたひと

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

大関になっても本名で

夏場所13日目・高安がはたき込みで横綱・日馬富士(手前)を破る(5月26日)
夏場所13日目・高安がはたき込みで横綱・日馬富士(手前)を破る(5月26日)

 2010年9月の秋場所で幕下全勝優勝を果たし、十両入りを決定づけると、若の里(元関脇、現・西岩親方)の付け人として参加した土浦巡業で、横綱・白鵬からぶつかり稽古の相手に指名された。初めて胸を合わせた横綱の体は硬くて張りがあり、今まで感じたことのない強さだった。「なぜあの時、新十両の若手に胸を出したのか、自分でも不思議だけど、きっと何かの縁かもしれない」。白鵬は当時をそう振り返る。高安が将来、自分を脅かす存在に台頭することを、白鵬は予感していたのかもしれない。

 横綱との稽古で高安は「さらに稽古をしなければ強くなれない」と悟った。そして、部屋の兄弟子である若の里や稀勢の里の胸を借りて、猛稽古に明け暮れた。

 11年7月の名古屋場所で、平成生まれの力士として初めて新入幕を果たした時、師匠からしこ名を提案されている。しかし、栄二さんの「『高安』姓をみんなに知ってもらいたい」という強い希望で、本名の「高安」のままになった。そして今、大関になっても本名で相撲を取り続けると公言する。

 しかし、力士のしこ名は、相撲界特有の伝統文化だ。部屋に代々伝わる由緒あるしこ名も多く、しこ名を見ただけで、師匠の顔が浮かんだり、出身地がわかったりもする。「大相撲の看板力士である大関が本名のままというのはいかがなものか」という声が聞かれるのも事実だ。「大関の間はいいが、横綱になったらしこ名にするべきではないか」という意見もある。かつて大関・北尾が横綱に昇進して本名から「双羽黒」に変えたように、高安も横綱になれば、しこ名が付くことも考えられる。

【あわせて読みたい】
宇良、石浦…小兵力士が土俵を盛り上げる!
痛みに耐えて頑張った!稀勢の里が歩む名横綱の道
書いて取った五輪メダル!松田丈志を鍛えた言葉の力

1

2

3

4

無断転載禁止
430605 0 深読み 2017/06/01 17:30:00 2017/06/01 17:30:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20170601-OYT8I50057-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ