身近な人を亡くしたら…【相続編】

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故人の人生をたどる「戸籍調査」

写真はイメージです
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 身近な人の死を経験した人に聞くと、その後の手続きで大変だったことの一つに相続人を確定させるための戸籍調査を挙げる人が多い。実は、この部分に関しては父のノートにも全てが書かれていたわけではなかった。

 父はノートに自分史を書いていた。これが戸籍を調べる際の参考になった。父が東京都文京区で生まれたのは知っていたが、その後、江戸川区に移り住むまでの過程は、断片的にしかわからなかった。ノートには太平洋戦争の戦火を逃れるために埼玉県越谷市に移り、その後、千葉県内を転々としたことまでは書かれていたが、亡くなる1か月前から書くことができなくなり、途中で終わっていた。その後の足取りについて何か手がかりはないかと家の中を探すと、祖父が亡くなったときの戸籍調査の資料が出てきた。いくつかある戸籍を並べて見た結果、やっと父が生まれてから現在に至るまでの戸籍の異動が全て“解明”できた。

 父は自営業者で定住していたため、戸籍の異動は少なかったが、本籍地を何度も変えていたら調査は大変だったと想像する。戸籍そのものは、遠方であっても趣旨を説明して必要な書類をそろえれば、郵送で取り寄せることも可能だ。ただ、戸籍は一つひとつたどっていく必要があるため、エンディングノートに生い立ちが書かれていれば大きな助けになる。

 父は自分史をノートに書いているとき、「人は死ぬ前に人生を走馬灯のように振り返ると聞いていたが本当だ」と話し、あふれ出る思い出を楽しそうに(つづ)っていた。この間だけは、死への恐怖から解放されているようだった。

元気なうちに話し合う

父がエンディングノートに残した私宛てのメッセージ
父がエンディングノートに残した私宛てのメッセージ

 エンディングノートは、単に死後の事務的な手続きを書くだけのものではない。故人が残された家族をどれだけ気にかけていたかを伝えるものでもあるのだ。父のエンディングノートは家族への愛情が感じられるものであり、何よりも大切な形見になった。

 私の場合、父との死後についての話し合いは、余命宣告される前にはできたが、死期が近づいてくると(つら)い気持ちになってできなかった。残されたわずかな時間の中で、一緒に話す機会は限られてしまう。その貴重な時間は楽しいものにしたかったので、子どもの頃の思い出話を聞いたり、父の好きなスポーツの話をしたりした。

 経済産業省の2012年の調査によると、70歳代でエンディングノートを知っている人は約76%だったが、実際に作成した人は5%だった。エンディングノートが少しでも気になる人は、今は元気だからと思って後回しにしないほうが良い。死が心に重くのしかからないうちにペンを取ってみてはどうだろうか。深刻になる前に、自らの死後について家族で気楽に話し合ったほうがよいのではないか。父を亡くした経験から、私は強くそう思うようになった。

【あわせて読みたい】
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