「エルサレムは首都」…トランプ氏が開いた混乱の扉

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 中東和平プロセスがまた、激震に見舞われた。トランプ米大統領は「エルサレムはイスラエルの首都」と公式に認め、米大使館をテルアビブからエルサレムに移転するよう指示したのだ。トランプ氏の宣言に対して、イスラム世界だけでなく欧州などからも反発の声が上がっている。和平への道は閉ざされてしまうのか。国連開発計画(UNDP)パレスチナ人支援プログラム・エルサレム事務所で働いた経験を持つ住友商事グローバルリサーチ国際部シニアアナリストの広瀬真司さんに、この問題の背景を解説してもらった。

つかの間の日常風景

エルサレム旧市街の街並み
エルサレム旧市街の街並み

 今月上旬、私はエルサレムにいた。トランプ大統領の「首都宣言」が出される前だったこともあり、街は落ち着いているように見えた。

 UNDP事務所のある東エルサレムは、1967年の第3次中東戦争以来、イスラエルが実効支配しているが、今でもアラブ人が多く住むエリアである。旧市街のヘロデ門から北に延びる東エルサレムの目抜き通り「サラハッディン通り」を歩くと、雑然とした狭い路地で相変わらず多くの子どもが遊んでいるのが見えた。

 西エルサレムとの境となる国道60号線に出ると、私がいた2008年から10年の頃には、まだ建設工事中だった路面電車はすでに完成し、実際に電車が走っていた。路面電車は東エルサレムから西エルサレムまで通っており、誰でも乗車できる。当時は「テロが怖くて、完成しても誰も乗らない」などと言う人もいたが、普通に利用されているようだ。今にして思えば、私が目にした光景はつかの間の平穏だったのかもしれない。

国際社会は「首都」認めず

 エルサレムの旧市街には、わずか1平方キロの区域の中にキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の3宗教の聖地がある。1947年の国連決議でエルサレムを国際管理下に置くことが決められたものの、その後、数度の中東戦争を経て、現在はイスラエル政府がエルサレムのほぼ全域を実効支配下に置いている。

 イスラエルは80年、東西合わせた統一エルサレムがイスラエルの首都であることを法律でうたったが、国連や国際社会はこの決定を認めなかった。米国や日本も含めてイスラエルに大使館を置く国々は、エルサレムではなく地中海沿いの商都テルアビブに大使館を置き、エルサレムをイスラエルの首都とは認めない姿勢を示してきた。

 93年のオスロ合意以降は、エルサレム市の西部、つまり西エルサレムをイスラエルの首都とし、市の東部の東エルサレムを将来樹立されるパレスチナ国家の首都とする2国家の共存による解決案が主流の考えとなっていた。これまでの経緯を無視するかのような今回のトランプ大統領の発表は、世界を驚かせたと同時に、パレスチナ側やアラブ・イスラム世界の激しい怒りを招いた。

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