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    社会

    2020年の日本、100年前にここまで見通した男

    読売新聞メディア局編集部 河合良昭

    女性の社会進出を予想

    • 米国へ行く市川房枝(左手前)と、見送りの平塚らいてう(右)(1921年7月30日の報知新聞の紙面から)
      米国へ行く市川房枝(左手前)と、見送りの平塚らいてう(右)(1921年7月30日の報知新聞の紙面から)

     20年4月、総理大臣は「平民宰相」の異名をとった原敬が務めていた。当時、選挙権は「直接国税3円以上を納める25歳以上の男子」に限られていて、普通選挙の実施を求める国民的な運動が起きていた。

     1か月前の同年3月には、女性の政治的権利獲得を目指して、平塚らいてうや市川房枝らが創立した新婦人協会の発会式が行われた。

     こうした時代背景を反映してだろうか、100年後の日本に「女子の大臣もあれば大学総長もある」と予想した人がいた。文芸評論家の石橋忍月(にんげつ)だ。石橋は森鴎外と「舞姫論争」を繰り広げる一方で、裁判官や弁護士などとしても活躍した人物だった。

     企画から四半世紀後、第二次世界大戦を経て日本社会は激変した。

     終戦を迎えた45年の12月、衆議院議員選挙法が改正され、女性参政権が実現。翌46年4月の総選挙で39人の女性議員が当選した。60年7月には中山マサさんが厚生大臣になり、初の女性大臣が誕生した。大学総長はといえば、法政大学で田中優子さんが2014年、東京六大学で初の女性総長となった。石橋の予想は100年を待たずに現実のものとなったのである。

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    2018年01月09日 15時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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