サッカー日本代表再建…8年前の“成功体験”に学べ

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 サッカー日本代表は、バヒド・ハリルホジッチ氏の電撃解任後、西野 (あきら) 新監督がチームの立て直しを図っている。とはいえ、6月19日のワールドカップ(W杯)ロシア大会初戦までの準備期間はあまりに短く、悲観論を唱える人も少なくない。日本代表取材歴24年の元川悦子氏は、今回のチーム状況の悪さは2010年の岡田武史監督の時に似ていると指摘する。この時は大胆な選手起用と中堅選手の意識改革で逆境を脱し、ベスト16という好成績につなげた。その経験から何を学ぶべきか、解説してもらった。

ハリルジャパンで何が起きていたのか?

3月の欧州遠征ウクライナ戦を前に練習で指示を出す、ハリル監督(中央)
3月の欧州遠征ウクライナ戦を前に練習で指示を出す、ハリル監督(中央)

 まず、ハリル監督の解任劇について書きたい。日本サッカー協会はその理由として「監督と選手の信頼関係、コミュニケ―ションが多少薄れてきた」ことを挙げたが、ハリル監督のメンバー選考や戦術も、以前から物議を醸していた。

 解任の引き金になった3月の欧州遠征での選手選考では、海外リーグで活躍している選手を優先するような基準を事前に示しながら、ドイツ1部で得点を重ねている武藤嘉紀(マインツ)らが招集外に。武藤は「選考基準がよく分からないところがある」と困惑していた。

 さらに、選手への指示にも課題があった。象徴的だったのが欧州遠征初戦のマリ戦。初選出となった中島翔哉(ポルティモネンセ)が試合後半に左サイドのミッドフィルダー(MF)として投入された後、選手の間には混乱が起きていた。

 守備的MFの山口蛍(C大阪)によると、「監督の指示が『翔哉のサイドにずっと蹴れ』だけになった」という。「全部を左サイドには蹴れないし、(選手の間では)右サイドで時間を作りながらやっていこうと話していた」と食い違いを認め、「どのように守備に行くのかなど、一人ひとりが疑問を感じながらやっていた。それがうまくいかなかった原因だった」と迷いながらプレーしていたことを明かした。

 「監督が何を言っても実際に戦うのは選手」と川島永嗣(メス)や長友佑都(ガラタサライ)らベテランは、ある程度割り切り、自分の判断でプレーすることもあった。しかし、代表経験の少ない選手や代表選考で当落選上の選手はハリル監督に高圧的な態度や言い方を繰り返されると、その顔色をうかがうようになり、自主性や自立心を失う方向に進んでしまったように見て取れた。

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18664 0 深読み 2018/04/27 11:00:00 2019/01/22 16:02:11 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180425-OYT8I50006-T.jpg?type=thumbnail

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