トランプ流「福音派ファースト」が招く中東危機

無断転載禁止
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

中東紛争の焦点、3宗教の聖地エルサレム

 では、なぜエルサレムの地位が焦点になるのか? ここで現代史をふりかえっておこう。

 1922年のオスマン帝国崩壊後、パレスチナ地方は、英国の委任統治下に置かれた。欧州からのユダヤ人移民の増加に伴い、第2次世界大戦後の1947年11月、国連総会のパレスチナ分割決議でアラブ、ユダヤ両地域に分けられ、ユダヤ、キリスト、イスラム3宗教の聖地であるエルサレムは国際管理都市とされた。

 アラブ側がこの決議を拒否する中で、ユダヤ側は決議を受諾し、48年5月のイスラエル建国宣言に至る。しかし、これに反発したエジプト、ヨルダンなど周辺アラブ諸国との間で第1次中東戦争が勃発。イスラエルは苦しい緒戦を耐え抜き、米国の武器援助もあって分割決議で定められた領域以上に「国土」を拡大し勝利する。エルサレムについては、西半分をイスラエルが占領、聖地のある旧市街を含む東エルサレムをヨルダンが占領、合併する形となった。

 その後、67年の第3次中東戦争でアラブ側に大勝したイスラエルは、ガザ、シナイ半島、ゴラン高原と共に、念願の東エルサレムを占領するに至り、80年成立のエルサレム基本法で統一エルサレムを「永遠不可分の首都」と宣言した。しかし、国際社会はこれを認めず、同年の国連安保理決議478はイスラエルのエルサレム基本法自体を「国際法違反で無効」とし、国連の全加盟国に決議の履行と聖都からの外交使節引き揚げを求めた。日本を含め世界の大半の国家が大使館をテルアビブに置くのはこのためだ。

 そして、87年のパレスチナ民衆の反占領蜂起(インティファーダ)を経て、事態は大きく動く。93年のオスロ合意(パレスチナ暫定自治合意)だ。これは、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が秘密折衝し、米国が仲介して成立させた合意で、ヨルダン川西岸・ガザでパレスチナ自治を認め、エルサレムについては難民問題などと合わせて最終地位交渉を進めて決定すると定めたものだ。しかし、その後の交渉は、何度かヤマ場もあったものの、結局、難民帰還権をめぐる対立やテロの発生などで進展が得られず、エルサレムに関する議論にも入れないままに終わり、2014年以降は、交渉自体が行われていない。一方でこの間、西岸や東エルサレムへのユダヤ人入植地建設だけが進み、イスラエルはテロ対策を理由に、自らを防護壁で囲う城塞国家に変貌。中東和平プロセス自体に向けられる国際的な関心も、イラク戦争や民主化運動「アラブの春」によるアラブ国家群自体の崩壊や混迷で極端に薄れてしまった。

「交渉前に結論」…調停役のトランプ政権

 トランプ政権のエルサレムへの大使館移転は、こうした情勢下で行われた。

 大統領はエルサレムを首都と認定した後、「これでエルサレムは交渉の議題から外れた」と述べているが、認定宣言が大使館移転という実効措置として実施された意味は重大だ。今後の交渉を進める前に、調停役が一方の当事者の主張通りに最重要議題の結論を決め、その通りに行動したことに他ならないからだ。パレスチナ自治政府のアッバス議長は、新しい米大使館を「米国の入植地だ」と切り捨て、米国を交渉仲介者とすることを改めて拒否している。

 それでは、トランプ政権はなぜ、混乱や批判を承知の上で、実行に移したのだろうか?

1

2

3

4

22694 0 深読み 2018/05/22 05:20:00 2018/05/22 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180521-OYT8I50080-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ