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    文化

    フェイクニュース信じ「安政の大獄」…操られた直弼

    読売新聞編集委員、BS日テレ「深層NEWS」キャスター 丸山淳一
     平清盛、石田三成、そして明智光秀。近年のNHK大河ドラマは、悪役、 ( かたき ) 役として名を残した人物の再評価を定番としている。にもかかわらず、現在放送中の『西郷どん』で幕末の大老・井伊 直弼 ( なおすけ ) は徹底的に悪者として描かれ、「いい直弼」の顔を見せぬまま死んでしまった。史実をたどると、そのワケと「影の分身」の存在が見えてくる。

    最後まで消された「いい直弼」像

     NHK大河ドラマ『西郷どん』の第20回目(5月27日放送)で、佐野史郎さん演じる江戸幕府の大老・井伊直弼(なおすけ)(1815~60)が、桜田門外で暗殺された。1963年(昭和38年)に放送された大河ドラマ第1作『花の生涯』の主人公となって以来、直弼は大河ドラマ7作品に登場するが、今回の「佐野直弼」は、最も「悪い直弼」だったように思う。

     直弼が指揮した安政の大獄は死罪8人、遠島・追放・蟄居閉門などの処分者は100人以上にのぼる江戸時代最大の政治弾圧だったから、悪役となるのは仕方ない。だが、ドラマの中で直弼は、西郷吉之助(隆盛)(1828~77)の寝返りを誘い、13代将軍徳川家定(1824~58)の遺言をねじ曲げ、次期将軍候補の一橋慶喜(よしのぶ)(1837~1913)の暗殺を企てるなど、史実の裏付けのない話にも手を染め、最期は決めゼリフのひとつもなく(しかばね)をさらす。

     これまでの大河ドラマには、日本の未来を見据えて開国を決断し、批判にも信念を曲げずに幕府に忠誠を尽くす「いい直弼」像がどこかにあった。なぜ『西郷どん』は“定石”を取り入れなかったのか。

     それは幕末の動乱を描く対立軸を、これまでの定石だった「開国か攘夷(じょうい)か」という気高い思想対決ではなく、「次の将軍を誰にするか」というドロドロした権力闘争に据えたからではないか。確かに、この方がよほど史実に沿っている。

    賄賂、接待、怪文書…国難そっちのけの“仁義なき戦い”

     幕末の動乱は1858年(安政5年)、朝廷が日米修好通商条約の締結を事前に了承(勅許)しなかったあたりから本格化する。だが、当事者たちが実際に条約勅許問題に割いたエネルギーは決して大きくなかった。条約を軽視していたわけではなく、外国人が大嫌いな孝明天皇(1831~67)が条約を了承するわけがないと思っていたからだ。

     朝廷を説得するため入京した幕府の交渉団は、江戸から3万両の賄賂を持参したとされるが、天皇は先手を打って関白の九条尚忠(1798~1871)に「今回の条約は大変重要なので、関東からの賄賂は受け取らず、安易に言い分を受け入れないよう」とクギを刺していた。それでも一部の公家は賄賂を懐に入れたが、条約締結には反対し続けた。

     朝廷工作の主眼は早々に家定の後継問題へと移り、慶喜を推す一橋派と紀州藩の徳川慶福(よしとみ)(1846~66)を推す南紀派が、有力公家の抱き込みを競った。一橋派の薩摩藩は西郷、福井藩は橋本左内(1834~59)を諜報工作員として送り込み、南紀派は直弼が送り込んだ彦根藩の長野主膳(1815~62)が暗躍する。

     賄賂や接待、密書、密告、怪文書が飛び交う朝廷工作は一橋派が優勢だったが、主膳は一発逆転の手を打つ。一橋派がばらまいた怪文書を利用して、ありもしない陰謀話をでっち上げたのだ。

    2018年06月01日 11時50分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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