脱獄・逃走6年余…「日本一」蘭学者、非業の最期

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 気が遠くなるほどの気力と体力を費やした上に、ほとんどは失敗に終わる。どう見ても割に合わないのに、脱獄・逃走を試みる者は絶えない。今から174年前の6月30日、江戸・ 伝馬町(てんまちょう)(ろう) を抜け出たその男も、諸国を隠れ歩き、6年余にわたる逃亡生活を続けた。薬品で顔を焼き、人相を変えてまでの壮絶な逃避行だった。その男、蘭学者・高野長英がこだわり続け、命運が尽きるきっかけになったのは――。

瀬戸内震撼…逃走受刑者が語った「理由」

松山刑務所脱走事件、逃げた受刑者の居室があった寮(愛媛県今治市)
松山刑務所脱走事件、逃げた受刑者の居室があった寮(愛媛県今治市)
受刑者が潜伏していた広島県の向島(手前)。尾道水道を泳いで本州に渡ったとされる
受刑者が潜伏していた広島県の向島(手前)。尾道水道を泳いで本州に渡ったとされる

 「塀のない刑務所」として知られる愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場で4月に起きた受刑者の逃走事件は、逃げた受刑者の行方が3週間以上も分からず、のべ1万6000人の捜査員が投入される騒ぎになった。法務省は赤外線センサーの警報器や電子錠などを導入する再発防止策を決め、中止されていた受刑者の刑務作業は6月20日に再開されたが、地元が要望していた塀の設置はしないという。

 私がキャスターを務める「深層NEWS」でもこの事件を取り上げ、住田裕子弁護士は「受刑者の社会復帰を促すには、社会に近い環境が必要だ」と、塀のない意義を強調した。確かに大井作業場で刑期を終えた受刑者が再び刑務所に戻る割合(再入率)は全国平均を大きく下回っている。ただ、その一方でこれまでに17件、20人もの逃走事件が起きている。塀がないから逃げるのでは、と思っていたが、どうもそれだけではないらしい。

 出所後の厳しい生活に適応できるよう、作業場の規律は軍隊以上に厳しいという。自立を促すために受刑者が受刑者を管理する。号令や点呼で大声を出し、ミスは厳しく指導され、先輩の「シゴキ」もあるようだ。4月に逃走した受刑者も「作業場内の人間関係に嫌気がさした」と供述している。

「当代一流」のプライド…脱獄決意した長英

 「日本は脱獄が少ない」というが、戦後も1970年(昭和45年)までは毎年10件以上の逃走事件が発生していた。何度捕まっても脱獄を繰り返し、「脱獄王」として有名になった受刑者も多い。

長英が投獄されていた伝馬町牢屋敷跡(東京都中央区)
長英が投獄されていた伝馬町牢屋敷跡(東京都中央区)

 元読売新聞記者のノンフィクション作家、佐藤清彦さんの『脱獄者たち』(小学館文庫)によると、脱獄7回の“日本記録”を持つ西川寅吉(1854~1941)は、「裸足で五寸(くぎ)を踏み抜いたまま3里(12キロ)も走った」「獄衣を濡らして塀にたたきつけ、その吸着力で3メートルの塀を越えた」などの伝説がある。「昭和の脱獄王」白鳥(しらとり)由栄(よしえ)(1907~79)は毎日、看守の目を盗んでみそ汁を鉄枠に吹きかけ、塩分で鉄枠をさびさせて脱獄した。

 最も脱走理由に同情できるのは、江戸時代の蘭学者・高野長英(1804~50)の脱獄ではないか。幕府による蘭学者の弾圧「蛮社の獄」に巻き込まれて永牢(無期禁固)という理不尽な刑を受け郷里では年老いた母が釈放を心待ちにしていた。何よりも、新たな知識を得られず、自らの知識も生かせないまま牢獄で一生を終えることは、到底耐えられなかった。フォン・シーボルト(1796~1866)が開いた鳴滝塾で塾頭を務めた長英には自分の学識は当代一流」という強いプライドがあった。

 伝馬町(てんまちょう)牢屋敷(東京都中央区)に投獄されてから5年余りが過ぎた1844年(弘化元年)6月30日、長英はついに脱獄を決行した。牢屋敷は7尺8寸(2.4メートル)の塀で囲まれていたが、長英は塀を越えずに脱獄に成功する。

 牢屋敷周辺で火災が起きると、受刑者は数日後に戻ってくることを条件に解放される。「切り放ち」と呼ばれるこの受刑者の救命措置は、1657年(明暦3年)の明暦の大火で行われて以来、牢屋敷の慣例となっていた。長英は牢屋敷に出入りしていた雑役の男を買収し、牢屋敷に放火させて「切り放ち」で塀の外に出て、そのまま逃走したのだ。

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30149 0 深読み 2018/06/30 05:20:00 2018/06/30 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180629-OYT8I50019-T.jpg?type=thumbnail

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