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    生活

    日本人の「海離れ」が止まらない理由

    日本大学理工学部特任教授 畔柳昭雄

    湘南海岸に1日50万人

    日本の海水浴客の推移

     1980年代、海水浴の人気は最高潮に達し、全国の海水浴場はどこも「芋の子を洗うよう」と揶揄(やゆ)されるほど(にぎ)わった。89年8月14日の読売新聞には、湘南海岸(神奈川県)で51万2000人の人出を記録したという記事が掲載されている。

     海水浴シーズンが近づくと、電車の中刷り広告やデパートのチラシ、商品ポスターなどに海水浴関連の商品や風景が印刷された。湘南海岸では、飲料メーカーや化粧品会社などがこぞって海の家を開いた。化粧品各社は肌を小麦色に焼くための日焼けオイルを販売。海水浴場にオイルの臭いが漂うほどで、若者は皆、日焼けを競い合った。海水浴は各社にとって、欠かせない市場創出の場だった。

     このほか、TUBEやサザンオールスターズらによる湘南サウンドと呼ばれる音楽が若者らに支持され、湘南海岸は憧れの的となった。サーフィンやヨットなどのマリンスポーツの格好良さもあいまって、サーファールックなどのファッションも生み出された。こうして、湘南海岸は避暑地・軽井沢と並ぶ夏場の人気スポットとなった。

    • 海水浴全盛期の湘南海岸
      海水浴全盛期の湘南海岸

     しかし、海水浴への逆風は既に70年代後半から始まっていた。海域への生活排水の流入や海の家が排出する汚水の影響による水質汚濁だ。

     80年代まで海水浴は国民的な一大行事で、交通渋滞や駐車場不足などが問題となった。若い女性らは海外旅行に向かい、国内の海水浴場は敬遠されるようになった。90年代は地球環境への関心が高まり、オゾン層破壊や紫外線による皮膚がんなどへの懸念から日焼けした小麦色の肌を見せるCMが姿を消す一方で、「UVカット」への関心が高まった。

     「素肌に太陽光線を浴びるとシミになる」「紫外線を一日何時間以上浴びてはいけない」といったことが(ささや)かれ、海水浴場に行くのをためらう人々が出現。特に母親世代が行かなくなり、小学校の臨海学校中止もあり、子どもたちが海と接する機会が減っている。2011年の東日本大震災の津波被害や、最近では遊泳区域でのサメ出現情報の増加なども海から遠ざかる要因になっている。

    2018年07月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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