“受難”再び…地図から消された「あの2県」

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 お盆の帰省、夏の高校野球、さらには台風の予想進路など、この季節はとかく故郷が気にかかる。愛着のある出身県がもしも、隣の県と「ひとまとめ」に扱われたら…。独立を許されずに“消滅”してしまったら…。時の為政者たちの都合で、そんな目に度々遭わされた2つの県がある。

徳島、鳥取「受難の歴史」

改正公職選挙法が可決、成立した衆院本会議(7月18日)
改正公職選挙法が可決、成立した衆院本会議(7月18日)

 参議院の定数を6増やす改正公職選挙法が成立した。政党の決めた順位に従い、候補者が優先的に当選する「特定枠」が導入され、来年夏の参議院選挙から実施される。

 参院選の比例代表は個人名票が多い順に当選するのが原則なのに、そこに特定枠を混在させるのは極めて分かりにくい。自民党が特定枠にこだわったのは、前回(2016年)の参議院選挙で1票の格差を是正するために合区となった「徳島・高知」「鳥取・島根」選挙区で、比例選に回ることになった候補を救済する狙いがある。

 「深層NEWS」に出演した自民党の柴山昌彦筆頭副幹事長はその狙いを認めた上で、野党にも利点はあるため「党利党略ではない」と釈明したが、改正が参院の抜本改革には程遠いことは安倍首相も認めている。

 実は「徳島・高知」と「鳥取・島根」は明治時代にも行政区見直しの焦点になり、鳥取県と徳島県は、一時日本地図から消えた時代がある。

35県に厳選!明治政府の統廃合

 今の都道府県は、1871年(明治4年)7月の廃藩置県だけで今の形になったわけではない。まず1868年(慶応4年)4月、旧幕府の領地(天領)が政府の直轄地になり、3府41県が置かれた。

 廃藩置県で261の藩は消滅して県になり、旧幕府領とあわせて、全国に3府302県もの行政区ができた。これでは人口や面積、財政規模などに差がありすぎるということで、その4か月後に302県は72県に統廃合された。

 明治新政府はさらに各県の財政力や人口をそろえるため、1876年(明治9年)、さらに県を35まで減らす大統合を断行した。この時徳島県は高知県に、鳥取県は島根県にそれぞれ統合され、復活まで苦難の歴史をたどることになる。なお、徳島県はこの紆余(うよ)曲折の間、県都・徳島の郡の名をとって「名東(みょうどう)県」と名乗ったが、以下文中では徳島県と表記する。

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39501 0 深読み 2018/08/31 13:20:00 2018/08/31 13:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180821-OYT8I50050-T.jpg?type=thumbnail

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