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    国際

    風雲児ジャック・マー、退任宣言の裏にあるもの

    北海道大学公共政策大学院公共政策学研究センター研究員 西本紫乃
     9月10日。日本にはない習慣だが、中国でこの日は「教師の日」と呼ばれ、生徒が先生に贈り物をするなどして、日ごろの感謝の気持ちを表現する。この日、中国の電子商取引(eコマース)最大手「アリババ(阿里巴巴)集団」の創業者である馬雲(ジャック・マー)会長が、1年後に会長職から退くことが発表された。英語教師から身を起こし、アリババを時価総額約50兆円(今年8月末現在)にまで育て上げた立志伝中の人物である。彼の突然とも思える退任宣言の背景には何があるのか。北海道大学公共政策大学院公共政策学研究センター研究員の西本紫乃さんに寄稿してもらった。

    英語教師から中国eコマースの雄に

    • 来年9月にアリババ会長を退任する意向を発表したジャック・マー氏(AP)
      来年9月にアリババ会長を退任する意向を発表したジャック・マー氏(AP)

     ジャック・マー氏は1964年、中国東部の浙江省杭州に生まれた。今日の中国には「富二代(一代で富を築いた富豪の子弟)、紅二代(中国共産党や軍の幹部の子弟)」という言葉があるように、親あるいは親族の資本や政治人脈を頼りに有力実業家にのし上がる人が多い中、彼は自分一人の力で頭角を現し、巨大企業グループをつくり上げた。

     マー氏は3度目の受験でようやく大学に合格し、卒業後は月給89元で英語教師として働いた。教師を辞めた後、米国で出会ったインターネットに可能性を感じ取り、99年、仲間とともにアリババを設立。企業間の取引をマッチングさせるサービスをネット上で提供した。そうしたサービスは当時まだ目新しく、またたく間に会員を集めて急成長した。

     その後、電子商取引サイト「タオバオ(淘宝)」、電子マネーサービス「アリペイ(支付宝)」など、事業を多角化していった。タオバオの利用者は4億人を超え、eコマースを人々の生活に根付かせ、「中国人の消費のスタイルを変えた」と言われる。

    中国の人々の心をつかんだ生き方

     21世紀の幕開けとともに中国経済界の頂点に駆け上がった彼の鮮烈なサクセスストーリーは、多くの中国人を刺激し、成功を夢見る多くの若者のあこがれにもなった。彼個人の成功物語だけでなく、アリババは中国のeコマース市場を切り開き、中国人の生活スタイルを変えたという点でも、多くの人に影響を及ぼした。

    • スマートフォンのアプリを使って屋台の支払いを済ませる北京市民。アリペイは中国人の消費行動を変えた(2017年6月撮影)
      スマートフォンのアプリを使って屋台の支払いを済ませる北京市民。アリペイは中国人の消費行動を変えた(2017年6月撮影)

     とりわけ、ユーザー同士の金銭のやり取りの信用を担保する決済システム、「アリペイ」は、企業を介さずに個人間での取引をスムーズにし、中国におけるeコマース市場の拡大に大いに貢献した。これによって、中国ではおびただしい数のマイクロアントレプレナー(小規模な事業を始める人)が誕生した。

     例えば、中国東部の江蘇省東風村は、高齢化が進む貧しい村だったが、ある青年がイケアをまねて組み立て家具を製造し、「タオバオ」で販売したところ、これが大当たりした。村じゅうにこのビジネスが広がり、わずか数年で東風村は通販家具の村として急成長し、村全体で年間13億元(約221億円)もの家具を売り上げるほどになった。

     人と人をつなぐことで富を生み出すアリババのビジネスモデルは、まさにチャイニーズ・ドリームを実現するプラットフォームである。習近平(シージンピン)国家主席の主導で行われる国家の貧困対策の恩恵にあずかるよりも、「タオバオ」に出した商品が当たって一攫(いっかく)千金を狙うといった方が、より多くの中国人の心を揺さぶるのだ。

     こうしたことから、庶民の間では「もし中国で国民投票による大統領選挙が行われたら、マー氏が当選するのではないか」とも言われている。習主席の語る「中国の夢」よりも、マー氏が体現した「中国の夢」の方が、より人々の心をつかんでいるともいえよう。

    2018年09月22日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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