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    国際

    記者殺害事件で激震、サウジが失ったもの

    住友商事グローバルリサーチ国際部シニアアナリスト 広瀬真司
     トルコのサウジアラビア総領事館で、サウジ人記者ジャマル・カショギ氏が殺害された事件を巡って、サウジに対する非難の声が高まっている。体制批判をしていた記者が殺されたことに加え、サウジ側の説明が二転三転したことも不信感を生んだ。事件の背後にはサウジの若き実力者、ムハンマド皇太子の影もちらつく。石油依存からの脱却、社会・経済の改革に取り組んでいたサウジは、多くのものを失ったようだ。中東情勢に詳しい住友商事グローバルリサーチ国際部シニアアナリストの広瀬真司さんに寄稿してもらった。

    15人の「暗殺部隊」

    • 殺されたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ(ハーショクジー)氏=AP
      殺されたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ(ハーショクジー)氏=AP

     殺された記者の名字は、英語表記から日本では「カショギ」と呼ばれることが多いが、アラビア語の原音に忠実に「ハーショクジー」と表記するのが正しいと考えられる。

     まず、事件の経緯を整理しておく。カショギ(ハーショクジー)氏は、サウジ出身のジャーナリストで、米国の大学を卒業後、サウジの新聞の編集長として、また、政府高官の広報担当として、キャリアを積んできた。

     しかし、サウジ国内で長年、自由な発言を制限されてきたことに対する不満や、彼の複数の同僚たちと同じように逮捕されてしまう恐れを感じ、昨年9月に米国に移住した。

     カショギ氏はトルコ人女性と結婚するため、元妻との離婚証明が必要になり、9月28日に在イスタンブールのサウジ総領事館を訪れた。その後、書類を受け取るため、10月2日に面会の約束を取った上で総領事館を再訪、それ以降、消息が途絶えた。

     トルコ政府当局は、早い段階からカショギ氏がサウジ総領事館内で殺害された可能性を指摘していたが、サウジ政府は当初、「カショギ氏は必要な書類を取得後、まもなく総領事館を出た」と主張していた。

     しかし、トルコ人婚約者が総領事館の外でずっと待っていたのに、カショギ氏は出て来なかった。総領事館の入り口に設置された監視カメラからは、彼が入った時の映像はあったが、出てくるところの映像は見つからなかった。

     その後、トルコ当局による捜査が進むにつれ、サウジから15人の「暗殺部隊」がプライベートジェット2機でトルコに入国し、カショギ氏が訪問したのと同じ日に、総領事館にいたことが分かった。また、彼らはカショギ氏が訪れた数時間後に総領事館を出て、その日のうちにトルコを出国したことが明らかになっている。

     トルコに次々と事実を突き付けられ、旗色が悪くなったサウジは、事件から2週間以上たった20日になって、ようやくカショギ氏が領事館内で殺害されたことを認めた。

     同時に「暗殺部隊」の15人を含む18人の容疑者を事件に関与したとして逮捕し、ムハンマド皇太子の最側近とも呼ばれるアシーリ情報庁副長官やカハターニ王宮府顧問ら5人の政府高官を解任した。

    2018年10月30日 13時01分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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