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    国際

    ノーベル平和賞、ナディアが私に見せた素顔

    フォトジャーナリスト 林典子
     コンゴ民主共和国の医師とともに、今年のノーベル平和賞に選ばれたイラクの少数派、ヤジーディ(ヤズディ)教徒のナディア・ムラドさん(25)。イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」による性暴力を国際社会に告発した女性だ。受賞決定後の記者会見でも彼女は笑顔を見せなかった。彼女がたどってきた道を思えば、それも当然だろう。素顔のナディアを知るフォトジャーナリストの林典子さんが語る、終わらないヤジーディの悲劇。(聞き手・読売新聞メディア局編集部次長 田口栄一)

    偏見の目で見られていたヤジーディ

    ――林さんはISの侵略を受け、故郷を追われたイラクの少数派ヤジーディの人たちに焦点をあてた写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を2016年に出版しました。そもそもヤジーディの人たちに関心を持つようになったきっかけは、何だったのでしょうか。

     「私もヤジーディの存在は全く知りませんでした。14年8月にISがヤジーディの村々を襲撃した時、私はたまたま別の取材でトルコにいました。

     難民となったヤジーディの人たちが国境を越えてトルコに逃げてきていることが、連日のように報道されていました。トルコ人の友達や、私が暮らしていたトルコの一般的な家庭の人たちは、常識があって普通に話ができる人たちだったのですが、ヤジーディに対してはすごく差別的なことを言っていました。

     それで、このヤジーディはどういう人たちなのか、何で攻撃されたのか、ということを知りたくなりました。最初は1回ちょっと(彼らの居住地に)行ってみたいなと考えていただけで、何回も通い、写真集を出すことになるとは全く思っていませんでした」

    ――ヤジーディの人たちの故郷はイラク北部のクルド人が住んでいる地域の中にあります。現地に行くまでが大変だったのではないでしょうか。

     「私が初めてイラク入りしたのは15年2月でした。その少し前にジャーナリストの後藤健二さんが殺されるなど、ISの勢力が拡大していた時で、恐怖心とか、家族に迷惑をかけてしまうのではないかとか、いろんな気持ちがあって、準備には本当に気をつけなければいけないと思っていました。

     この地域で取材したことがある外国の記者たちと連絡を取り、どういう人を通訳に雇ったらいいかとか、いろいろな情報を得ました。何人か紹介してもらったのですが、私とは面識もないので、いつ、ころっと気持ちが変わって、ISに売り飛ばされたらどうしようとか、そういう心配までしていました。

     フェイスブックで彼らのアカウントを見つけて過去の投稿や写真を全部チェックし、どういう知り合いがいるか、たまたま共通の知り合いがいた時は連絡をとって彼は大丈夫か聞く、といったことを結構長くやりました。

     フリーランスなので、お金もたくさん払えるわけではありません。それでもようやく一人、元米軍の通訳で、当時のこの地域にしては安く働いてもらえるヤジーディの男性通訳を見つけ、彼の家に泊まりながら取材をすることになりました」

    2018年11月24日 07時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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